本文へ移動

四年式十五糎榴弾砲:大日本帝国陸軍の150mm重榴弾砲

四年式十五糎榴弾砲は、1915年に大日本帝国陸軍が採用した重野戦榴弾砲。間接射撃、攻城支援、歩兵支援に用いられ、戦間期から第二次世界大戦初期まで運用された。

四年式十五糎榴弾砲(よねんしきじゅうごせんちりゅうだんほう)は、20世紀初頭に大日本帝国陸軍が採用した重野戦榴弾砲である。大口径火砲に分類され、陣地、防御施設、兵力集結地、障害物を攻撃するための高角・間接射撃を担った。日本軍部隊においては、より軽量な野砲を補完する兵器であった。英語文献では一般に「15 cm榴弾砲」とも呼ばれる。

画像ギャラリー

4 画像

設計と特徴

本砲は、その時代に一般的な後装式の砲身火砲であり、砲弾と装薬を別々に装填する分離装薬式弾薬を使用した。榴弾砲として比較的短い砲身を備え、急降下する弾道で射撃できる高い仰角を許容する砲架を採用していた。通常は高性能爆薬弾、発煙弾、照明弾を用い、戦場の状況を整えたり歩兵の前進を支援したりした。移動には馬による牽引、また利用可能な場合には自動車牽引が用いられ、装填、照準、射撃統制には訓練を受けた砲員を必要とした。

開発と配備の経緯

大正期に採用された本砲は、名称の「四年式」が大正4年、すなわち1915年に対応する。日本が以前の戦争後に砲兵装備を近代化する過程で登場した。国内向けに生産され、戦間期を通じて部隊に配備された。1920年代および1930年代の地域紛争で使用され、攻城戦や陣地戦において重砲・長射程砲が必要とされる戦域を中心に、第二次世界大戦初期まで装備として残った。

運用と戦術的役割

戦闘では、四年式は間接射撃、比較的短い射程での対砲兵射撃、野戦陣地の破壊に投入された。その高角弾道は、塹壕化された陣地への攻撃や、直接射撃を行う砲が十分な効果を発揮しにくい山岳地での運用に適していた。砲兵観測員は音測や光学的手法によって射撃を修正し、本砲は歩兵や軽量な野砲部隊とともに諸兵科連合の編成の一部を成した。

遺産と主な事項

四年式は、20世紀初頭に日本がより近代的で多様な砲兵戦力へ移行したことを示す兵器である。ドクトリンと技術の進展に伴い最終的には新型の設計に取って代わられたが、運用期間を通じて重間接射撃の主力として機能した。大日本帝国陸軍の部隊に支給され、20世紀前半の東アジアにおける紛争での、当時の火砲工学と戦場運用を示す一例となっている。

  • 口径:150 mm(西洋の資料では15 cmと記されることが多い)。
  • 任務:間接・高角射撃用の重榴弾砲。
  • 運用:1915年採用。戦間期を通じ、第二次世界大戦初期まで使用された。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 四年式十五糎榴弾砲:大日本帝国陸軍の150mm重榴弾砲

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/102333

共有

出典