ユナイテッド・エンパイア・ロイヤリスト:アメリカ独立革命の難民とその遺産
アメリカ独立革命期にイギリスへの忠誠を保った13植民地の人々。多くは英領北アメリカへ移住し、カナダや他の植民地の発展に影響を与えた。
概要
ユナイテッド・エンパイア・ロイヤリストとは、アメリカ独立革命(1775~1783年)の間、イギリス王室への忠誠を保ち、独立に反対した13植民地の住民を指す名称である。ロイヤリストには、民間人、兵士、公務員、聖職者、先住民の同盟者などが含まれ、革命の大義とその指導者を拒んだ。戦闘が激化すると、彼らは社会的な排斥、法的処罰に直面し、多くの場合、暴力や財産の没収を受けた。多数の人々が、新たに成立したアメリカ合衆国を離れ、イギリス支配下にとどまった地域へ移住した。
画像ギャラリー
10 画像起源、動機と構成
ロイヤリストは、多様な背景と動機をもっていた。近年移住してなおイギリスとの結び付きを感じていた者、帝国の制度に依存する貿易を営む植民地の役人や商人、反乱が社会にもたらす結果を恐れた宗教指導者もいた。イギリスが提示した自由の申し出を受け入れた奴隷身分および自由身分の黒人は、ブラック・ロイヤリストと呼ばれることの多い重要な構成要素である。先住民諸民族は、自らの領土を守るためイギリスと同盟した。武器を取った者や王室を支援した者は、革命派から「トーリー」と呼ばれることがあった。
迫害、没収と法的地位
革命期の多くの州では、公然とロイヤリストであることを示した人々が逮捕、私権剥奪法、財産差し押さえの対象となった。革命政府や地方委員会は、個人を無法者と宣告したり、ロイヤリストの土地・財産を没収する法律を制定したりすることがあった。イギリスに忠誠を誓う民兵に加わることや、公に忠誠を表明することは、追放につながり得た。イギリス政府はこれらの難民を帝国への奉仕によって故郷を追われた臣民とみなし、避難と再定住の計画を組織した。
移住と定住
多くのロイヤリストは、なお帝国の領土であった地域へ移るためにイギリスの支援を求めた。相当数は英領北アメリカへ移住し、とりわけ後のオンタリオ、ニューブランズウィック、ノバスコシアとなる地域に向かった。他方で、カリブ海地域やイギリス本国へ渡った者もいた。推計によれば、アメリカ合衆国を去った者は数万人にのぼる。王室は退役軍人と難民の再定住のため、土地の下賜、生活物資、時には年金を与え、移住先の人口構成と土地分配を変化させた。
影響と遺産
ロイヤリストの到来は、植民地社会と政治に永続的な影響を及ぼした。彼らは後にカナダとなる地域で英語を話す共同体の形成に寄与し、地域経済に貢献した。また、共和制のモデルとは異なる法的保護や制度を求めることで、憲法的発展にも影響を与えた。多くの子孫は独自のアイデンティティを保持している。カナダでは、「ユナイテッド・エンパイア・ロイヤリスト」という敬称が、これらの難民にさかのぼる祖先をたどる記念行事や系譜団体の慣行の一部となった。
主な区分とその後
- 集団:移住したロイヤリストには、民間人、軍部隊、さまざまな階層の大英帝国の臣民、先住民の同盟者が含まれた。
- ブラック・ロイヤリスト:イギリス軍の陣営に加わった元奴隷の一部は自由を得てマリタイムズに再定住した。のちにカナダや海外などへ移住した者もいた。
- 記念と論争:ロイヤリストの経験は、アメリカ独立革命およびカナダの形成をめぐる相反する国民的物語の一部である。組織や歴史研究は、北アメリカ社会の形成における彼らの役割を引き続き検討している。
研究者は、ロイヤリストの人数に関する推計を精緻化するとともに、アイデンティティと移住後の結果にみられる地域差を記録し続けている。入門的な情報や史料については、帝国の戦時移住と難民政策に関する総合的な参考資料・収集資料、ならびにイギリス政府の記録、連隊史、国の収蔵機関や地域歴史協会を通じて利用できる地方文書館を参照できる。系譜研究の資料には、財産記録、点呼名簿、土地請願書がある。概説と一次文書については、詳細な文書館案内や選集化されたオンライン・コレクション、軍務名簿、請願書、ロイヤリストの補償請求資料、さらに国立史跡や博物館の地域ポータル、研究文献目録、企画展示を参照できる。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ユナイテッド・エンパイア・ロイヤリスト:アメリカ独立革命の難民とその遺産 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/102955