アプトン・ボール・シンクレア(Upton Beall Sinclair、1878年9月20日 - 1968年11月25日)は、アメリカの作家で、小説、ノンフィクション、戯曲など合わせて90冊以上の著作を残した多作な作家です。代表作の一つである1906年の『ジャングル』は、アメリカの食肉包装業界を舞台に、労働者の過酷な労働条件と食品衛生の問題を描き出し、出版後には社会的な大反響を呼びました。

生涯と活動

シンクレアはボルチモアで生まれ、その後作家・ジャーナリストとして活動を始めました。作品は社会的不正や労働者の困難を扱うものが多く、彼自身は社会主義的な立場をとっていたため、当時の政治や経済制度に対する批判を繰り返しました。ノンフィクションからフィクションまで幅広いジャンルで執筆し、社会問題を一般読者に分かりやすく伝える役割を果たしました。

主な作品と社会的影響

ジャングル』はもともと労働者の搾取を告発する意図で書かれましたが、公開された際には食品の不衛生さが注目され、出版直後にアメリカで食の安全をめぐる法整備(例:食肉検査法や食品医薬品に関する規制の強化)につながったという経緯があります。シンクレアはまた、自身と妻が行ったとされるテレパシー実験についてまとめた「メンタル・ラジオ」のような異色作も執筆しました。

労働・企業を題材にした作品も多く、たとえば彼の著書『The Flivver King』はフォード・モーター・カンパニーについて書かれたもので、フォード社の工場の労働者が労働組合を結成しようとする過程や、産業化がもたらす社会変化を描いています。

また、シンクレアは長編シリーズの主人公ラニー・バッド(Lanny Budd)を中心としたシリーズを執筆し、全11冊に及ぶこのシリーズでは第一次世界大戦後から第二次世界大戦にかけての国際情勢や当時の時事問題が反映されています。シリーズの一作『Dragon's Teeth(邦題:龍の歯)』で、彼は1943年にピューリッツァー賞(フィクション部門)を受賞しました。

政治活動と「EPIC」運動

シンクレアは初期には社会主義運動に関わり、その後政治的活動を続けました。後に民主党に接近し、1934年にカリフォルニア州の知事に立候補しました。この選挙では「EPIC(End Poverty in California)」と呼ばれる公約を掲げ、州が主体となって新しいビジネスを立ち上げることで、大恐慌のために失業した人々を救済しようとする政策を提案しました。強い支持を集めたものの、最終的には敗北しました。しかし彼の運動は当時の公的政策議論に大きな影響を与えました。

評価と遺産

シンクレアは「マックレイカー(muckraker)」と呼ばれる調査ジャーナリズム的な伝統に位置づけられることが多く、文学的価値だけでなく社会改革への影響という面でも高く評価されています。一方で、単に問題を煽るだけだとする批判や、政治色が強すぎるという評価もありました。生涯を通じて数々の小説やノンフィクションを発表し、社会問題を告発する作品はその後のアメリカ文学や社会運動に大きな示唆を与えました。

シンクレアは晩年にアリゾナ州のバッカイの町(Buckeye)で引退生活を送り、1968年に90歳で亡くなりました。彼の作品は今日でも社会派文学の重要な例として読み継がれています。