白軍(ロシア内戦)
白軍は、ロシア内戦でボリシェヴィキ政権と赤軍に対抗した君主主義者、自由主義者、コサック、聖職者などによる緩やかな連合体である。最終的に赤軍に敗れたが、亡命者社会と政治に長期的な影響を残した。
概要
白軍とは、赤軍、ならびにウラジーミル・レーニンとそのボリシェヴィキが率いたボリシェヴィキ政権に対し、ロシア内戦で戦った、広範でしばしば分裂的な軍事・政治集団の連合を指す。内戦は1917年の革命の余波で起こり、旧ロシア帝国の各地に広がる武力闘争へと発展した。白軍は単一の統一政党や綱領を形成したことはなく、主としてボリシェヴィキ支配への反対によって結び付いていた。
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5 画像構成と目的
白軍は、目標がしばしば異なる多様な社会的・政治的潮流を結集した。その支持者には、以下のような人々が含まれた。
- 旧体制の復活を望んだ保守的な君主主義者と貴族。
- 非ボリシェヴィキ政権と市民制度を求めた穏健・保守的な自由主義者。彼らは時に自由主義者と呼ばれる。
- 地域的特権の擁護を図ったコサックなどの地域・軍事集団。
- ボリシェヴィキによる世俗化に反対したロシア正教会の一部と宗教共同体。
- 秩序または自治の約束に引かれた一部の農民、民族主義者、将校。
組織と主要指揮官
白軍は単一の指揮系統ではなく、複数の独立した軍隊と地域政府から構成されていた。白軍部隊に関わった著名な司令官・指導者には、東部のアレクサンドル・コルチャーク提督、南部のアントン・デニーキン将軍と、その後のピョートル・ヴラーンゲリ将軍、北西部のニコライ・ユデーニチ将軍がいる。作戦はシベリアとウラル、南部のステップ、バルト海への接近地域、黒海地域など複数の戦域で展開され、それぞれに固有の兵站事情と政治的背景があった。
外国の介入と資源
複数の外国勢力は、戦略上の懸念、物資の保護、ボリシェヴィズムへの反対を動機として、時期に応じて反ボリシェヴィキ勢力へ軍隊、海軍部隊、物資援助を送った。連合国の関与には、北部・東部の港湾における限定的な介入、シベリア経由の物資供給、沿岸部への上陸が含まれた。この支援は一部の白軍作戦を後押しした一方、白軍の民衆的正統性の主張を複雑にし、ボリシェヴィキの支配を決定的に覆すには至らなかった。
敗北の理由と遺産
白軍の敗北には、軍事的・政治的な要因が重なった。白軍指導者間の内部分裂と相反する目標、広範な農民層の支持を得るだけの説得力ある土地・社会政策の欠如、そしてボリシェヴィキ側の優れた政治組織、兵站、中心的な交通結節点と鉄道の支配である。敗北後には、元白軍将校、知識人、官僚が大規模に国外へ移住した。彼らはしばしば白系亡命者と呼ばれ、海外の文化と政治に影響を与えた。内戦の帰結はまた、ボリシェヴィキが権力を強化することを可能にし、その後数十年にわたる反対派へのソ連政策を形作った。
区別と注目すべき事実
- 白軍運動は多様であり、単一のイデオロギーではなく、ボリシェヴィズムへの反対によって規定されていた。
- この時期には、赤軍(ボリシェヴィキ軍)、農民による「緑軍」の反乱、民族独立運動なども並存しており、内戦は多方面が関わる戦争だった。
- 白軍の記憶は、ロシアの別の政治的未来を象徴するものとして、亡命者共同体や後世の歴史学に残り続けた。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 白軍(ロシア内戦) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/107784