ユーゴスラビアは、ヨーロッパ、主にバルカン半島に位置する国で、その意味するところは、7世紀に現在のポーランドの地域からやってきたスラブ人に由来する南スラブ人である。1918年から2006年の間に3つの形態で存在しました。
1918年から1928年までは「セルビア人、クロアチア人、スロベニア人の王国」と呼ばれていました。1928年から第二次世界大戦まではユーゴスラビア王国と呼ばれていました。第二次世界大戦後、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国に改称され、6つの共和国と2つの自治州を持つようになりました。ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、スロベニアの6つの共和国と、セルビアの2つの自治州(北部のヴォイヴォディナ州、アルバニアに隣接するコソボ州)から構成されています。
1991年にはスロベニア、クロアチア、1992年には北マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナが独立し、ユーゴスラビアは終焉を迎えました。セルビアとモンテネグロは、社会主義ユーゴスラビアの最後の2つの共和国でした。1992年には、新しいユーゴスラビア連邦共和国(FRY)を形成し、2006年に崩壊した
成立と王国時代(1918〜1941)
第一次世界大戦後の1918年、かつてオーストリア=ハンガリー帝国支配下や独立していた南スラブ系の諸地域が合同し、王国が誕生しました。当初の国名は「セルビア人、クロアチア人、スロベニア人の王国」で、のちに「ユーゴスラビア王国」と呼ばれるようになりました。1920年代には民族・宗教の多様性と中央集権をめぐる対立が続き、1929年には国名変更とともに王の独裁が強化されるなど政治的不安定が続きました。
第二次世界大戦と社会主義体制の成立(1941〜1945)
第二次世界大戦中の1941年、枢軸国がユーゴスラビアを占領・分割しました。占領下で抵抗運動が活発化し、とくにヨシップ・ブロズ・チトー率いるパルチザン(共産主義系)が勢力を拡大しました。戦後、チトーの主導で王政は廃止され、1945年に社会主義連邦国家(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国、SFRY)が成立しました。
社会主義時代の特徴(1945〜1980)
- 連邦制と構成:6つの共和国(ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、スロベニア)と、セルビア内の2つの自治州(北部のヴォイヴォディナ州、アルバニアに隣接するコソボ州)で構成される連邦でした。
- 独自の社会主義路線:チトーはスターリンとの対立(1948年の対立)を経て、ソ連とは独立した路線を取り、ノンアライメント運動の中心として西側・東側の双方と一定の距離を保ちました。
- 経済と文化:戦後の復興期には工業化と都市化が進み、労使協調や地域差を考慮した自己管理型の経済実験が行われました。一方で民族間の緊張や経済格差はくすぶり続けました。
解体の経緯(1980〜2006)
1980年にチトーが死去すると、強力な統率力の喪失や経済危機、民族主義の台頭が加速しました。1990年代初頭、冷戦後の民族自決の流れの中で各共和国が独立を目指し、分離が進みます。
- 1991年:スロベニアとクロアチアが独立を宣言。スロベニアでは短期間の紛争で済みましたが、クロアチアでは長期化する戦闘となりました。
- 1992年:ボスニア・ヘルツェゴビナ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)と北マケドニア(北マケドニア)も独立。とくにボスニアでは民族間の激しい戦争と大量虐殺が発生し、国際社会の介入を招きました(例:スレブレニツァの虐殺)。
- 1992〜2003:ユーゴスラビア連邦共和国(FRY、主にセルビアとモンテネグロ)として存続。スロボダン・ミロシェヴィッチらの指導下でコソボ紛争や国際的孤立が続きました。
- 1998〜1999:コソボ紛争は激化し、NATOによるセルビアへの空爆(1999年)やその後の国連管理(UNMIK)へとつながりました。
- 2003〜2006:FRYは2003年に「セルビア・モンテネグロ」連合(State Union)に再編されましたが、2006年にモンテネグロの独立を問う国民投票が可決され、両国は平和的に別々の独立国家として歩むことになりました。
影響と今日への遺産
ユーゴスラビアの崩壊はバルカンの政治地図を大きく変え、多くの独立国家を生み出しました。一方で1990年代の戦争は深刻な人的被害と難民問題を引き起こし、民族間の和解や国際的司法(国際戦犯法廷)による責任追及が続いています。経済的・社会的復興やEU加盟をめざす国々も多く、地域の安定化は国際社会にとって重要な課題です。
簡潔な年表
- 1918:セルビア人・クロアチア人・スロベニア人の王国成立
- 1929:ユーゴスラビア王国に改称(王による統治強化)
- 1941–1945:第二次世界大戦、抵抗運動と占領
- 1945:ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(SFRY)成立
- 1980:チトー死去、政治的安定の後退
- 1991–1995:ユーゴスラビア崩壊と各地での紛争
- 1992–2003:ユーゴスラビア連邦共和国(FRY、セルビアとモンテネグロ)
- 2003–2006:セルビア・モンテネグロ連合
- 2006:モンテネグロ独立、旧ユーゴスラビアの政治的枠組みは事実上消滅
上記は概説です。ユーゴスラビアの歴史は民族、宗教、政治的利害、国際関係が複雑に絡み合ったため、各地域・時期ごとに詳細な出来事や背景が存在します。興味があれば、各共和国別の歴史や1990年代の紛争の経緯、国際法上の扱いなどについてさらに詳しく説明します。