1575年は、後期ルネサンス期において政治的不安と文化活動が続いた年だった。ヨーロッパでは宗教対立に、海外では帝国の拡張に、そしてアジアでは有力な地域国家の形成に特徴づけられた時代の一部である。戦争、商業、芸術における新しい動きは、16世紀全体に広がる変化を映していた。
政治と戦争
ヨーロッパ各地では、宗教改革の後に続いた長期の宗教的・王朝的争いがなお続いていた。フランス宗教戦争とネーデルラント反乱(八十年戦争)では、断続的な軍事行動、変化する同盟関係、都市での騒乱が起こった。東アジアでは、1575年は日本の決定的な戦いとして知られる長篠の戦いで特に記憶される。織田信長と徳川家康は、集団で配置した鉄砲隊と野戦要塞を効果的に用いて武田の騎馬軍に対抗し、この戦いは武士の戦い方の転換点を示すものとしてしばしば挙げられる。
探検、帝国、交易
ヨーロッパの海洋国家は、アメリカ、アフリカ、アジアにおいて商業ネットワークと植民地的拠点の拡大を続けた。ポルトガルとスペインの交易帝国は、インド洋と太平洋をまたぐ結びつきを強め、一方で台頭しつつあったイングランド、フランス、オランダの商人活動は、イベリア勢力の優位に次第に挑戦していった。こうした動きは、大陸を越えた物資・人・技術の移動を加速させた。
文化、科学、社会
この年は、ルネサンスの文化的開花と、マニエリスムと呼ばれる芸術様式のただ中にあった。印刷術、人文主義的学問、航海術や軍事技術の進歩は、宮廷や都市へ広がっていった。多くの地域で都市生活が拡大し、宗教的論争が公的生活や後援のあり方を左右する一方で、書籍、音楽、視覚芸術の市場を刺激した。
暦と年代
当時のヨーロッパの大部分では、なおユリウス暦が用いられていた。1575年はその体系で土曜日に始まる平年として記録されている。暦の正確さをめぐる議論は進行中で、のちに1582年のグレゴリオ暦改革へとつながっていく。年の表記や整理のしかたについての一般的な参考は、暦の概要を参照。
単一の世界的転換点によって定義される年ではないものの、1575年は軍事革新、宗教対立、帝国の拡張、文化的生産という重なり合う過程をよく示している。この時期の出来事や傾向は、17世紀へと続く政治的境界、経済制度、芸術伝統の形成に寄与した。