バグワティクマール・シャルマ(1934年5月31日 – 2018年9月5日)は、主としてグジャラート語で執筆した著名なインドの作家・ジャーナリストである。数十年にわたるキャリアの中で、小説、短編、詩、エッセイ、文学批評など複数の形式で作品を発表し、編集者や आयोज者としてもグジャラート文学界で積極的な役割を果たした。彼は文学的成果だけでなく、グジャラート文学を支える諸機関での指導的立場でも記憶されている。
文学活動と文体
シャルマの発表作品は、きわめて幅広いジャンルに及ぶ。人間の経験や社会の変化を扱う長編小説や短編小説を書き、詩や抒情的な作品を手がけ、さらに現代グジャラート文学を解釈し評価するうえで役立つエッセイや批評を寄せた。批評家や読者は、彼が言語と形式に一貫して向き合った作家であると認めており、その作品は、日常の暮らしや文化的移行に対する注意深く人間的な感受性を反映しているとしばしば評される。
ジャーナリズムと組織での役割
創作だけでなく、シャルマは長くジャーナリズムの分野でも活動した。1955年に日刊紙Gujarat Mitraの編集部に加わり、その後は数年間にわたりグジャラート語の日刊紙の編集を担当し、報道と編集上の論評の双方を通じて公共の議論に影響を与えた。また、文学団体でも要職を務め、Kavi Narmad Yugavart Trustの理事、スラトのNarmad Sahityasabha副会長を務め、2009年から2011年の任期でグジャラート・サヒティヤ・パリシャド会長に選出された。
評価と受賞
シャルマは生涯を通じて、いくつもの権威ある賞を受けた。1984年には、グジャラート文学における最高峰の評価の一つであるRanjitram Suvarna Chandrakを受賞した。1988年には、インドの公的に認められた諸言語における優れた作品を顕彰する全国的に重要な文学賞、Sahitya Akademi Awardを受賞した。これらの受賞は、彼が地域文学と全国文学の双方で高く評価されていたことを示している。
生い立ちと文学的出発
シャルマの最初に記録された創作は、国家的な喪の時期に生まれた。最初の詩は、1948年1月31日にマハトマ・ガンディー暗殺への応答として書かれた。この早い時期の公共的出来事への関与は、個人的な声と社会的な意識がしばしば交わる彼の作家人生を予告していた。彼は20世紀半ばを通じて、変化するグジャラートの文化的・政治的環境の中で、着実に創作を深めていった。
遺産と特筆すべき事実
- 複数ジャンルの作家:小説、短編小説、詩、エッセイ、批評。
- Gujarat Mitraでの勤務を含む、長年のジャーナリズム活動と編集上の指導。
- グジャラート語文学団体での指導的役割。グジャラート・サヒティヤ・パリシャド会長も務めた。
- Ranjitram Suvarna Chandrak(1984年)とSahitya Akademi Award(1988年)の受賞者。
シャルマは2018年9月5日、スラトで84歳で死去した。現代グジャラート文学に関心を持つ研究者や読者は、独立後の地域文学の展開や、創作活動と文化的リーダーシップを結びつけた作家の役割をたどる中で、彼の作品に出会うことが多い。グジャラート語と文学的背景についてはグジャラート語の概要、彼の初期の詩に関わる同時代史についてはマハトマ・ガンディーの遺産、晩年と活動地に関連する情報についてはスラトを参照。