1740年代の年表と概要:出来事・世界の指導者・主な誕生と死去
1740年代の年表で主要出来事、世界の指導者、著名な誕生と死去を年代順に一目で把握。政治や文化の変遷を分かりやすく解説。
内容
· 1 イベント
· 2 世界のリーダー
· 3名 出産
· 4名死亡
イベント(1740年代の主な出来事)
- 1740年 — 神聖ローマ皇帝カール6世(Charles VI)が死去。女帝マリア・テレジアの継承をめぐり、ヨーロッパで「オーストリア継承戦争」(広義の戦争・後の戦争の一連)が勃発する契機となる。同年、プロイセンでフリードリヒ2世(大王)が即位し、シレジア(シュレースヴィヒ)への野心を強める。
- 1740–1742年 — 第一シレジア戦争。プロイセン王フリードリヒ2世がシレジアを占領し、オーストリアと争う。
- 1740年(ロシア) — ロシア皇帝アンナ(アンナ・イヴァノヴナ)が死去、幼帝イヴァン6世が短期間在位するが不安定な政局が続く。
- 1741年 — ロシアでエリザヴェータ(エリザヴェータ・ペトロヴナ)がクーデターを起こして即位。彼女の治世がロシアの政局を安定させる。
- 1741年 — ビトゥス・ベーリング(Vitus Bering)がカムチャツカ近海の遠征中に死亡(第二回カムチャツカ遠征)。
- 1742年 — ブレスラウ条約(Treaty of Breslau)により、第一シレジア戦争が事実上終結し、プロイセンがシレジアの大部分を獲得。
- 1743年 — ロシアとスウェーデンの間で1741–1743年戦争が終結し、トゥルク(オーボ)条約が締結される。
- 1744–1748年 — オーストリア継承戦争(より大きな枠組みでは1740年代を通じた一連の対立)。フランス、イギリス、プロイセン、オーストリアなどが複雑に連合と対立を繰り返す。
- 1745年 — フランス軍がフランドルで勝利を収める(フォンテノワの戦いなど)。同年、スコットランドでジャコバイト蜂起(英国内のチャールズ・エドワード・ステュアートによる「1745年の反乱」)が勃発。
- 1746年 — カロデン(Culloden)の戦い(1746年4月)でジャコバイト軍が壊滅し、スコットランドでの反乱は終息。
- 1746年 — スペイン王フィリップ5世が死去し、フェルナンド6世が即位。
- 1747年 — 海上・海外での戦闘が続き、フランスと連合軍の間でラフェルデ(Lauffeld)などの戦闘が行われる。イギリス海軍は複数の海戦で優勢を示す。
- 1748年 — アーヘン(Aix-la-Chapelle)条約により、オーストリア継承戦争は終結。多くの領土は戦前の状態に戻されるが、シレジアはプロイセンのままとなる。
- 1748年 — モンテスキューの『法の精神(De l'esprit des lois)』が刊行され、政治思想や法学に大きな影響を与える(啓蒙思想の重要著作)。
- 1749年 — カナダ(ノバスコシア)にハリファックスが創設されるなど、北アメリカで植民地整備が進む。
- このほか、1740年代は啓蒙思想の拡がり、宗教的覚醒(グレート・アウェイクニングの続き)、科学観察と地理探検(北太平洋や北極圏遠征など)の活発化といった長期的変化が進行した時期でもある。
世界のリーダー(1740年代に在位・影響力のあった主な人物)
- イギリス — ジョージ2世(在位1727–1760)。政界ではロバート・ウォルポール時代の影響は薄れたが、庶民政治と外交が続く。
- フランス — ルイ15世(在位1715–1774)。外交・軍事面で影響力を保つ。
- プロイセン — フリードリヒ2世(フリードリヒ大王、1740年即位)。軍事改革と領土拡張を進めた。
- オーストリア(ハプスブルク) — カール6世(在位–1740)亡き後、マリア・テレジアが実質的に統治(1740–1780)。王位継承を巡る大戦が展開された。
- ロシア — アンナ(在位1730–1740)→ 幼帝イヴァン6世の短期政変 → エリザヴェータ(1741–1762)がクーデターで即位。
- スペイン — フィリップ5世(在位1700–1746)→ フェルナンド6世(1746–1759)。
- オスマン帝国 — マフムト1世(在位1730–1754付近に相当する支配者体制)。
- 神聖ローマ皇帝 — カール6世の死去後は皇帝位の政治的状況が変動。皇后マリア・テレジアはハプスブルク領の実権を保つ。
- 日本(江戸幕府) — 徳川吉宗(1716–1745)までは享保の改革を進めたが、1745年に徳川家重(または徳川家重/徳川家重は家継・家重混同に注意。1745年に吉宗は将軍職を家重(家慶?)へ譲る)へと政権移行があり、江戸時代の支配体制は継続した(幕府は引き続き鎖国政策を維持)。
- その他 — ポーランド=リトアニア共和国:アウグスト3世、オスマン帝国や各イタリア諸侯などが地域政治を主導。
主な誕生(1740年代に生まれた代表的人物)
- 1740年 — ジェームズ・ボズウェル(James Boswell, 1740–1795)イギリスの伝記作家(サミュエル・ジョンソン伝の著者)。
- 1741年 — ヨーゼフ2世(Joseph II, 1741–1790)ハプスブルクの皇帝(後の共同統治者・啓蒙専制君主)。
- 1743年 — トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson, 1743–1826)アメリカ独立の指導者、後の第3代アメリカ合衆国大統領。/ アントワーヌ・ラヴォアジエ(Antoine Lavoisier, 1743–1794)近代化学の基礎を築いたフランスの化学者。
- 1747年 — ジョン・ポール・ジョーンズ(John Paul Jones, 1747–1792)アメリカ独立戦争期の海軍指揮官(海軍史に名を残す)。
- (注)1740年代は啓蒙思想の時代であり、この時期に生まれた人物は後の政治・科学・思想の変革に大きく寄与する者が多い。
主な死去(1740年代に亡くなった代表的人物)
- 1740年 — カール6世(Charles VI, 1685–1740)ハプスブルク君主。彼の死はオーストリア継承問題の発端となった。
- 1740年 — ロシア皇帝アンナ(在位1730–1740)、政局に変動をもたらした。
- 1741年 — ビトゥス・ベーリング(Vitus Bering, 知られる探検家)遠征中に死亡。
- 1745年 — サー・ロバート・ウォルポール(Robert Walpole, 1676–1745)イギリスの初代事実上の首相とされる政治家が死去。
- 1745年 — ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift, 1667–1745)『ガリヴァー旅行記』の著者。
- 1746年 — スペイン王フィリップ5世(Philip V, 1683–1746)が死去し、王位が引き継がれた。
補足(時代的特徴と意義)
- 1740年代はヨーロッパにおける王権・領土をめぐる争いが集中した一方、啓蒙思想や科学の発展、植民地争奪の進展が同時に起きた時期です。
- オーストリア継承戦争やそれに伴う同盟関係の変動は、後の7年戦争(1756–1763年)へとつながる国際秩序の変化を促しました。
- 同時に、アメリカ大陸やカリブ海、アジア・太平洋地域での探検・植民地化・交易が活発化し、世界的な交流と衝突が拡大しました。
必要があれば、各年の出来事を更に年次ごとや地域別に詳述します。特定の国・人物・事件について深掘りを希望される場合は教えてください。
イベント
- オーストリア継承戦争 (1740-1748)
世界のリーダー
出生数
死亡者数
- アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ、最後のメディチ家
- アレクサンダー・ポープ(英作家
- ジョナサン・スウィフト(アイルランド人作家
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