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1777年:革命の時代における一年

1777年を年代順・テーマ別に概観する。アメリカ独立戦争の軍事作戦、大陸会議による連合規約の承認、ならびに広範な政治・文化的背景を扱う。

概要

1777年は革命の時代における重要な年であり、とりわけ北アメリカではアメリカ独立戦争が激化した。軍事作戦、外交的努力、制度面での試みが重なり、紛争の推移と、形成されつつあったアメリカ合衆国のあり方を変えていった。ヨーロッパと大西洋世界の各地では、政治的論争、商業、啓蒙主義の思想が引き続き公共生活に影響を及ぼした。

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主な出来事

  • 連合規約:1777年11月15日、第2回大陸会議は連合規約を承認し、批准のため各州へ送付した。これは緩やかな国家的枠組みを定めるものであり、完全な批准は1781年まで実現しなかった。
  • 外交:アメリカの使節は、承認と援助を得るためヨーロッパでの活動を強めた。戦場での成功は、外国政府の判断に影響を与えた。
  • 軍事上の再編:北部植民地およびペンシルベニア周辺での作戦は、主要都市と戦略線の支配状況を変化させた。

アメリカ独立戦争(主な動き)

1777年の戦闘では、イギリス軍の進撃とアメリカ側の注目すべき成功の双方がみられた。北部では、イギリス軍のジョン・バーゴイン将軍がカナダから南進し、7月にタイコンデロガ砦を占領してニューイングランドの分断を図った。この作戦は、10月17日のサラトガの戦いの後に行われたバーゴインの降伏で終結した。これは戦略上の転機となり、愛国派の士気を高め、外国勢力にアメリカ側への支持を促す一因となった。

中部植民地では、イギリス軍が9月のブランディワインの戦いに勝利して、当時の大陸会議の所在地であったフィラデルフィアに入城した。そのため会議は退避し、一時的に移転した。10月のジャーマンタウンでアメリカ軍が地域の奪回を試みたが、成功しなかった。ベニントンでのアメリカ軍の勝利など、ほかの戦闘はバーゴインの立場を弱め、サラトガでの結果につながった。12月までに、ジョージ・ワシントン将軍の軍はバレーフォージに冬営地を設け、再編成を進めながら厳しい環境に耐えた。

政治・経済・文化的背景

戦場での展開に加え、1777年には大陸会議が、戦時下の不足とインフレーションのなかで、通貨、物資、民政の調整を試みた。知的・文化的活動も続き、著述家、印刷業者、科学者は、次第に国際的な性格を強める啓蒙主義の枠組みの中で思想を出版し、流通させた。各政府は通商・外交上の取り決めを交渉する一方、住民は長期化する紛争がもたらす社会的・経済的負担に対処した。

遺産

1777年に起きた軍事的後退と勝利、国家的協約の正式な採択、外交活動の強化は、植民地の反乱を国際的に重要な闘争へと転換させる一助となった。連合規約は国政に関する初期の実験を示すものであり、この年の軍事的転機は外国の同盟者の参戦と、その後の戦争の経過に影響を与えた。

関連項目

著者

AlegsaOnline.com 1777年:革命の時代における一年

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/111720

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