概要
第2千年紀とは、1月1日の1001年に始まり、12月31日の2000年に終わる1000年間を指す。西暦(Anno Domini)では通常1001年から2000年として数えられ、11世紀から20世紀までを含む。この千年紀をめぐる議論では、暦上の区切りだけでなく、中世と近代を分ける文化的な転換点にも話題が及ぶことが多い。
特徴と区分
この千年紀は、大まかにいくつかの段階に分けて捉えられる。すなわち、高・後期中世、ルネサンスと大航海時代を含む初期近代、そして産業化、世界帝国、急速な技術変化によって特徴づけられる近代である。各世紀ごとに人口、経済、統治、通信のあり方が変化し、その積み重ねが終盤には深い変容となって表れた。
主な出来事と例
- 中世および初期近代の世紀における、長距離交易、都市化、国家形成の拡大。
- ルネサンス期の印刷や地図の普及を含む、科学・文化の再生。
- ヨーロッパによる探検と植民地帝国の形成による、世界的な接触と経済の再編。
- 18世紀後半以降の産業化、それに続く大衆教育、大衆メディア、近代医学の発展。
- 20世紀の地政学的激動――世界大戦、脱植民地化、冷戦――と、輸送、通信、計算機分野の技術革新。
歴史的意義と遺産
第2千年紀を通じて、人間社会は、主として農耕に依拠し地域に根差した共同体から、相互に結びついた産業化された高度技術の国民国家へと移行した。この時期は、文学的規範、科学的枠組み、芸術運動といった文化的成果を生み出した一方、植民地主義や産業化に伴う不平等という重い遺産も残した。千年紀の終わりをめぐる議論は、一般の混乱も招いた。2000年を新しい千年紀の始まりとして祝う人々がいた一方、厳密な序数の数え方ではその境界は2001年に置かれる。
注目すべき区別
この千年紀を論じる際には、年号と世紀という暦法上の表記と、中世・初期近代・近代といった主題的な歴史叙述を区別すると理解しやすい。第2千年紀という語は、暦の区間を示すと同時に、相互に結びついた長い変化の連なりを要約し、それが現代世界へと結実したことを示す言い方でもある。