紀元前38年とは:ローマのユリウス暦・執政官とイスパニア暦

紀元前38年のユリウス暦と執政官、イスパニア暦の起点を詳述。暦制度の変遷と政治背景を一挙に解説する歴史ガイド。

著者: Leandro Alegsa

紀元前38年は、ユリウス暦の日曜日か月曜日に始まる普通年か、土曜日、日曜日、月曜日に始まるうるう年であった。当時は、プルヒャーとフラクトゥスの執政の年として知られていた。

ユリウス暦とその曖昧さ

ユリウス暦は紀元前45年に導入された太陽暦で、通常は4年ごとに閏年を置く規則が設けられました。しかし導入直後の数十年間は閏年の適用に誤りがあり、実際には閏年が不規則に挿入されたため、紀元前38年が閏年として扱われたか否か、そしてその年の曜日始まりが何曜日であったかは史料や計算法によって異なります。このため、上のように「普通年なら日曜か月曜に始まる」「うるう年なら土曜・日曜・月曜のいずれかに始まる」といった記述になるのです。

ローマの年名法(執政官による紀年)

古代ローマでは年を特定する際、執政官(コンスル)2名の名前で年を呼ぶ慣習がありました。紀元前38年は「プルヒャー(Pulcher)とフラクトゥス(Flaccus)の執政の年」として記録されることがあり、これは当時の史料や年代記で使われた表現法を反映しています。学術的にはこのような執政官名による年次表示を用いて年代を整合させます。

イスパニア暦(スペイン時代)の開始

紀元前38年は、イベリア半島で用いられたいわゆる「イスパニア暦(スペイン時代、Era Hispánica)」の1年目に当たります。イスパニア暦はローマの支配や行政上の出来事に起源を求められることが多く、イベリア半島で中世を通じて広く使われ、一般には15世紀ごろまで用いられました。

年の換算方法(参考)

  • イスパニア暦での「年数」をグレゴリオ暦(西暦)に変換する簡単な方法:西暦年 = イスパニア暦年 − 38(西暦1年はイスパニア暦39年に対応します)。
  • 逆に西暦をイスパニア暦に直すには、イスパニア暦年 = 西暦年 + 38(西暦が正の年の場合)。ただし、紀元前(BC)の取り扱いは「西暦に年0がない」ことに注意して行う必要があります。

歴史的背景(簡潔)

紀元前38年はローマ世界では第二回三頭政治期(紀元前43年–紀元前33年)のただ中にあり、アクティブな軍事・政治の動きが続いていました。イベリア半島ではローマ支配の確立と統治体制の整備が進められ、それがイスパニア暦の採用・使用にも関係していると考えられています。

以上は暦法・年代記法に関する概説であり、細部(閏年の扱いや執政官の正確な名乗り方など)は史料や学説によって差異があるため、専門的な研究や一次史料を参照するとより詳しい議論が得られます。

また、上記の記述中の関連語句や人名については史料表記や翻字の違いがあるため、文献によっては表記が異なることがあります。

イベント情報

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出生数

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死者数

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