概要
西暦320年(CCCXX)は西暦4世紀初頭にあたり、多くの歴史家が用いるユリウス暦の遡及的な計算法では、ユリウス暦における金曜日始まりの閏年とされる。古代の年代記では、出来事が近似値や地域ごとの暦法で記録されることが少なくないため、世界全体での厳密な同期はしばしば難しい。
政治的・地域的背景
この年は、後期古代というより大きな時代の中に位置する。ローマ世界ではコンスタンティヌス大帝が皇帝として統治しており、彼の治世を特徴づける行政・宗教面の変化は320年代を通じて続いた。インド北西部では、歴史家はグプタ朝の成立をおおむねこの時期に置くことが多い。チャンドラグプタ1世の即位はしばしば320年ごろとされ、のちに政治的統合と文化的再生と結びつくグプタ紀元の起点とみなされている。
文化的・社会的な潮流
ユーラシア全域では、4世紀初頭に芸術、宗教、制度のあり方が移り変わっていた。ローマ支配圏ではキリスト教への皇帝の後援が強まり、公共建築の事業も拡大した。南アジアでは、グプタ朝のもとでの政治再編が、後代の史料において文学、彫刻、都市の成長の開花と結びつけられている。中国とペルシアではこの世紀は分裂と王朝間の争いが特徴で、地域政権が地方支配を強めていた。
320年が注目される理由
- インドにおけるグプタ時代の、おおよその開始年代として慣例的に挙げられる。
- ユリウス暦の説明(閏年で金曜日始まり)は、古代の日付を現代の暦へ換算する年代学の基準点となる。
- この年は、帝国の宗教、行政、芸術における重要な発展が集中する時期の中にあり、4世紀を特徴づける変化を示している。
年代決定とその後の位置づけ
残存史料は均一ではないため、学者は碑文、貨幣、文献資料、そして後世の歴史書を組み合わせて、320年ごろの出来事を位置づける。そのためこの年は、ひとつの目印として有用である。いくつかの地域では、動揺の大きかった3世紀から、より統合された政体と文化表現が見られる後の4世紀・5世紀へ移り変わる境目を示している。