ユリウス暦は、ユリウス・カエサルが紀元前46年(AUC708年)に提唱したローマ暦の改革である。紀元前45年1月1日に初めて使用された。1582年10月4日にローマ教皇グレゴリウス13世がグレゴリオ暦に置き換えるまで、世界のほとんどの国で主要な暦として使われていた。
20世紀と21世紀には、ユリウス暦による日付はグレゴリオ暦の日付より13日遅れている。
ユリウス暦の仕組み
ユリウス暦は一年を365.25日とみなし、基本年は365日、4年に1度閏年として1日(2月29日)を挿入する規則を採用した。これは当時の天文学者(伝統的にはアレクサンドリアのソシゲネスなど)の助言に基づくもので、年間の平均を365日6時間に揃えることで季節のずれを抑えようとしたものだった。
導入時に月の日数も整理され、現在に近い形の月別日数(1月31日、2月28日/閏年29日、3月31日…)がほぼ確立された。ただし、導入直後には閏年の適用を巡る実務上の誤り(当時の役人が3年ごとに閏年を入れてしまった等)があり、後にアウグストゥス帝が調整して正しい周期に戻した歴史的経緯がある。
グレゴリオ暦とのずれ(13日差)の理由
ユリウス暦の1年(365.25日)と、実際の太陽年(回帰年:約365.2422日)との間には約0.0078日(約11分14秒)の差がある。この差は長期間で蓄積し、約128年で1日、約400年で約3日分のずれに相当する。
その結果、紀元1世紀から中世を経て16世紀には春分日などの季節が約10日ずれてしまったため、教会行事(特に復活祭)の計算に問題が生じ、1582年に教皇グレゴリウス13世はグレゴリオ暦に改暦してこれを是正した。グレゴリオ暦では、閏年を「4で割り切れる年は閏年。ただし100で割り切れる年は閏年でないが、400で割り切れる年は閏年」とする規則を導入し、平均年長をより正確にした。
グレゴリオ暦導入の際、当時のずれ分(約10日)を是正するために日付の飛び(1582年10月4日の翌日を10月15日にする等)が行われた。その後も、ユリウス暦側は1700年、1800年、1900年に閏年を継続したのに対し、グレゴリオ暦はこれらを閏年としなかったため、差は段階的に増え、20世紀・21世紀では差が13日となっている。
実用上の影響と採用の歴史
グレゴリオ暦への改暦は宗教的・政治的理由で国ごとに時期が異なった。カトリック諸国は1582年直後に採用したが、プロテスタントや正教会の国々は採用を遅らせたため、数十年〜数世紀にわたり国際的に混在した。
代表例:
- イギリス(とその植民地):1752年に改暦(この時は11日を飛ばした)
- ロシア:1918年にソビエト政権が改暦(旧暦の12月31日の翌日を1月14日とする形で調整)
- ギリシャ:1923年に改暦
現在でも多くの東方正教会は典礼暦(教会の祭日計算)に伝統的なユリウス暦を用いており、そのためたとえば「ユリウス暦の12月25日(= 聖クリスマス)」をグレゴリオ暦で見ると1月7日になるため、正教会の一部は1月7日にクリスマスを祝う。
一方、1923年に採用された「改訂ユリウス暦(Revised Julian calendar)」のように、世俗的・宗教的理由でグレゴリオ暦と一致させる試みもあり、これを採用する教会もある(改訂ユリウス暦はしばらくの間グレゴリオ暦と一致するように設計されている)。
日付の換算の目安
簡単な目安として:
- 1582年〜1699年頃の差:約10日
- 1700年〜1799年:11日
- 1800年〜1899年:12日
- 1900年〜2099年:13日(現在の一般的な差)
したがって、20・21世紀ではユリウス暦の日付に13日を加えると対応するグレゴリオ暦の日付になる(例:ユリウス暦の12月25日 → グレゴリオ暦の1月7日)。ただし、範囲外の年代や具体的な暦改正の年には細かな例外があるので、正確な換算には専門の暦変換表や計算法を参照することをおすすめする。