404年(西暦404年)は後期ローマ帝国に属する年で、ユリウス暦では金曜日に始まるうるう年として記録されている。これは、古典的なローマ制度から、よりキリスト教化された帝国支配へと帝国が移行していく過程の一部とされる時期にあたる。暦の一般的な背景については関連資料を参照。

暦と呼称

現代ではアノ・ドミニ(西暦)体系によりこの年が位置づけられるが、当時の人々は、在任中のローマの執政官の名や、統治する皇帝の治世年で年を示すことが一般的だった。現代の基準ではユリウス暦のうるう年で金曜日開始とされるが、年代測定や表記法は学術的伝統によって異なる場合がある。

主な出来事

  • 公的な剣闘士競技の終焉: 伝承では、キリスト教修道士テレマコスとされる人物が闘技場で介入し命を落としたことへの反応として、ローマで公認の剣闘士競技が終わったとされる。のちに皇帝が競技を禁止したと伝えられ、ローマの公共生活における象徴的な転換点となった。
  • ヨハネス・クリュソストモス: コンスタンティノープルの有力な司教ヨハネス・クリュソストモスは、宮廷政治や帝国・教会当局との対立の中で追放され、東方教会の論争や聖人伝文学に影響を与えた。
  • 政治状況: ローマ世界は東西両宮廷に分かれたままで、連邦化された蛮族部隊への依存が強まり、軍司令官や宮廷官僚の地域的な権力も増していた。

この年の記録は断片的で、後世の歴史家や教会資料によって伝えられている。そのため、事実と聖人伝的要素、あるいは論争的な記述が混ざることがあり、特に闘技場での介入のような劇的な場面については、現代の研究者は慎重に扱っている。

遺産としての404年は、後期古代における文化的移行の目印とみなされ、今日では別の文脈でも見かけることがある(たとえば現代のコンピュータエラーコードなど)。主要な伝承とその後の解釈の概観については、標準的な参考資料集にある編纂物や翻訳を参照するとよい:さらに見る。