モーリーン(通称「モー」、「Mo」)タッカー(1944年8月26日、ニューヨーク州レヴィットタウン生まれ)は、アメリカのミュージシャンで、1960年代から1970年代初頭にかけて活躍したバンド「ベルベット・アンダーグラウンド」のドラマーとして広く知られる存在です。シンプルで反復的なリズムと独特の演奏法は、後のパンク/オルタナティヴ・ロックに大きな影響を与えました。

経歴とバンド加入の経緯

タッカーは昼間は工場で働きながら、趣味としてドラムを続けていました。弟のジムの友人が大学の同級生で、ルー・リードとスターリング・モリソンというバンドを結成しており(ジムがバンド名の由来となった『ベルベット・アンダーグラウンド』という本を持ってきた)、そのドラマーが突然抜けた際にタッカーが代役を頼まれたことが契機でバンドに参加しました。彼女はそのままフルタイムのメンバーとなり、工場での仕事を辞めて音楽活動に専念するようになりました。

演奏スタイル

初期からバンドのメンバーには「ドラムで何か違うことをしてほしい」と求められており、タッカーは常識にとらわれない独自のスタイルを確立しました。バスドラムを横向きに据え、ドラムスティックの代わりにマレット(ビーター)を使って立ったまま演奏することが多く、ミニマルで反復的なビートがバンドのサウンドの土台を作りました。機材が手に入らないときにはゴミ箱や段ボール箱で代用して演奏したこともあり、その簡素さと力強さが特徴です。

また、タッカーは歌唱でも貢献しており、バンドの楽曲「After Hours」や「I'm Sticking With You」ではリード・ヴォーカルを担当している。 その素朴な歌声は曲に温かみを与え、バンド内で多彩な役割を果たしました。

1970年前後の動きとその後

1970年、タッカーは妊娠により一時的にドラムを休むことを余儀なくされました(妊娠)。その間、ダグ・ユールの弟である10代のビリー・ユールがドラムを務め、タッカーは産後にバンドへ復帰しました。その後、ルー・リードやスターリング・モリソンがバンドを離れる中でもタッカーは残りましたが、やがてバンドの方向性の変化や個人的な事情から完全に脱退し、工場での仕事や家庭生活に戻る道を選びました。ソロ活動を本格的に追及するのではなく、まずは私生活を優先した時期がありました。

再結成・後年の活動と評価

その後、タッカーは自身のプロジェクトや他のバンドで断続的にドラムを務め、ソロ名義での録音やライブにも取り組みました。1990年代に行われたベルベット・アンダーグラウンドの再結成にも参加し、バンドがロックンロールの殿堂入りを果たした際にも立ち会いました。彼女のミニマルで直情的なドラミングは、後続の多くのミュージシャンや批評家から高く評価されており、パンク以降のロック・ドラム奏法に及ぼした影響は大きいとされています。

遺産

モーリーン・タッカーは、技巧を誇示しないことを武器にした稀有なドラマーです。簡潔で無骨なリズム感は、楽曲の雰囲気を際立たせる基盤となり、音楽史における象徴的なスタイルとして語り継がれています。彼女の実直なアプローチは、インディー/オルタナ系のミュージシャンにとって今なお重要な参照点です。