ニコライ・リジコフ — ソ連官僚・元首相、1991年ロシア大統領選の有力候補
ニコライ・リジコフ—ソ連の元官僚・元首相、1991年ロシア大統領選の有力候補。豊富な勲章歴と2014年以降の制裁経緯を詳述。
Nikolai Ivanovich Ryzhkov、1929年9月28日生まれ)は、旧ソビエト連邦の官僚で、ミドルから後期ソ連期にかけて経済行政の中心を担った政治家である。1985年から1991年までソビエト連邦閣僚会議議長(首相)を務め、ソ連解体後はロシアの政治にも関わった。1991年に行われたロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(RSFSR)大統領選挙では、ボリス・エリツィンの有力な対抗馬として注目を集め、最終的に敗れはしたが中堅保守派を代表する候補の一人だった。
政治経歴
リジコフは長年にわたり行政と経済管理の実務経験を積み、中央政府の要職を歴任した。首相在任中は計画経済から市場経済への移行が進む時期にあたり、物価や生産の安定化を重視する立場から漸進的な改革を支持した。急速な自由化を主張する「ショック療法」的な手法に対しては慎重であり、その姿勢は当時の改革論争において保守的・安定重視の立場として位置づけられた。
1991年の大統領選挙と評価
1991年のRSFSR大統領選では、リジコフは現職ソ連内閣の経験を前面に出し「秩序」と「経済管理」を訴えた。一方で、急速な市場改革を求める勢力や急進的な政治変化を望む有権者には支持が集まりにくく、最終的にはエリツィンに敗れた。歴史的評価は分かれており、支持者からは安定維持の努力と実務能力が評価される一方、改革の遅さを批判する声もある。
受賞と栄誉
リジコフはソ連時代に多くの勲章・栄誉を受けている。主なものには、労働赤旗勲章を2度レーニン勲章を2度受章したことなどがある。ソビエト崩壊後もロシア連邦からの顕彰として祖国功労賞4級などを受けており、旧ソ連圏の一部地域(例えばアルメニア)からも功績を評価され栄誉が与えられている。
2014年の制裁
クリミア危機以降の2014年3月、リジコフは欧州連合と米国の双方から制裁対象に指定された。これらの制裁はウクライナの主権と領土保全を損なう行為に関与したとしてロシアの個人・団体に対して科されたもので、資産凍結や渡航禁止などの制約が含まれることが一般的である。
その後の活動
近年は若い世代に比べ政治の第一線を退いているものの、リジコフは時折公の場で発言し、政治・経済に関する見解を示している。長年の行政経験と経済運営の実務的知見から、ソ連末期からポストソ連期にかけての重要な政治家の一人として位置づけられている。
百科事典を検索する