ウー・ヌ:ビルマ独立期の初代首相・AFPFL指導者(在任1948–1962)
ビルマ独立の初代首相ウー・ヌの政治人生とAFPFL指導者としての足跡、クーデターや著作までを詳述する決定版伝記記事。
ウー・ヌ(本名 Thakin Nu、1907年5月25日生 - 1995年2月14日没)はビルマの初代首相であり、独立から軍事クーデターまでの時期に国政を主導した代表的な政治家である。1948年1月4日から1956年6月12日まで、1957年2月28日から1958年10月28日まで、そして1960年4月4日から1962年3月2日まで首相を務めた。
経歴と独立運動での活動
ウー・ヌはイラワジデルタのワケマ(Wakema)で生まれ、ランゴーン(現ヤンゴン)で教育を受けた。教師やジャーナリストとして働きながら民族主義運動に参加し、同時代の指導者であるアウンサンらとともに植民地支配に対抗した。第二次世界大戦期には日本軍との関係を経て、後に反ファシストの立場に転じ、戦後は反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)で中心的指導者の一人となった。
首相就任と政治の方向
1948年1月4日、ビルマはイギリスから独立し、ヌーは新国家の初代首相に就任した。首相在任中は議会制民主主義の枠組みを維持しつつ、教育や社会福祉の充実を目指した。しかし、民族的少数派の武装闘争や共産主義勢力の活動、経済の立て直しといった難題に直面した。
1956年に一度首相を辞任した後、AFPFL内の内紛(「清潔派」と「安定派」などの対立)によって政治は不安定となった。1958年の危機的状況を受けて、ヌーは暫定的な「安定化」を期して当時の将軍ネ・ウィンを介入させ、ネ・ウィンが暫定政府(軍の管理下)を率いることになった。この期間の後、1960年の総選挙でヌー派が勝利し、ヌーは首相に復帰した。
政策と論争
ヌーの政権は民主的制度を守る努力を続けた一方で、民族間対立や経済問題の解決には十分な成果を上げられなかった。宗教面では、1961年に仏教を国家の主たる宗教的地位として重視する政策を打ち出し、これが宗教的少数者や世俗主義者からの批判を招いた。また、対共産主義・対ゲリラ戦略や土地問題などの国内課題が政権運営の重荷となった。
1962年クーデター以降と晩年
1962年3月2日、ネ・ウィン将軍がクーデターを起こして軍事政権を樹立した。ヌーは軍により拘束され、以後政界から排除された。拘禁や軟禁の期間を経て釈放された後も、ヌーは自らを正統な民主的指導者と主張し続けた。
後年も民主化の動きに関与し、1988年の国民的抗議運動(いわゆる「8888」)の混乱の中で、ウィン・マウンを大統領とする独自の政府を樹立しようとする試みを行ったとされる。晩年は宗教的・文化的活動にも関わりつつ1995年に死去した。
著作
ヌーは自らの体験や政治思想をまとめた著作を残している。代表的なものには次がある:
- Ta-Tei Sanei Tha(Naughty Saturday-born) — 自叙伝(1975年、インドのイラワジ出版 U Maw Thiri 刊)
- The People Win Through(1951年)
- Burma under the Japanese(1954年)
- An Asian Speaks(1955年)
- Burma Looks Ahead(1951年)
ウー・ヌはビルマ独立期の代表的指導者として評価される一方、宗教政策や民族問題への対応などで賛否両論を招いた人物であり、現代ミャンマー(当時ビルマ)の政治史を理解する上で重要な存在である。
宗教
ウー・ヌは、彼の国で人気のある精神的指導者だった。1960年の選挙の際、彼は仏教を公式の国教とすることを約束した。1961年8月29日、国会は仏教を国教とする法律を可決した。1962年、ネ・ウィンはこの法律を削除した。
質問と回答
Q: ウ・ヌとは誰ですか?
A: ウー・ヌーはビルマの初代首相です。
Q:ウー・ヌーは何年間首相を務められたのですか?
A: ウー・ヌーは1948年1月4日から1956年6月12日まで、1957年2月28日から1958年10月28日まで、そして1960年4月4日から1962年3月2日まで首相を務めました。
Q:ビルマがイギリスから独立したのはいつですか?
A: ビルマがイギリスから独立したのは1948年1月4日です。
Q:ウー・ヌーはいつ新国家の初代首相になったのですか?
A: ウー・ヌーは1948年に新国家の初代首相に就任しました。
Q:反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)とは何でしたか?
A: 反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)は、1942年から1963年までウー・ヌーが率いていた政治団体です。
Q: 1962年に誰が政権を掌握し、ウー・ヌーはどうなったのですか?
A:1962年にネ・ウィン将軍が政権を掌握し、ウー・ヌーは軍の収容所に入れられました。
Q:ウー・ヌーは他にどんな本を書きましたか?
A: ウー・ヌーは、『The People Win Through』(1951年)、『Burma under the Japanese』(1954年)、『An Asian Speaks』(1955年)、『Burma Looks Ahead』(1951年)などの本を書きました。
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