1640年代(1640s)概要:主要出来事・出生・死亡・世界の指導者一覧
1640年代の政治・戦争・文化の主要出来事、著名人物の出生・死亡、世界の指導者を年表と解説で分かりやすく紹介。歴史研究や年表作成に最適。
内容
· 1 イベント
· 2名 出産
· 3名死亡
· 4 世界のリーダー
イベント(1640年代の主な出来事)
- イングランド内戦の勃発と展開(1640年代):1640年に議会と王権の対立が激化し、短期議会・長期議会の開催を経て、1642年に内戦が勃発。1645年のネーズビーの戦いで議会派が大きく優勢となり、1646年にチャールズ1世は事実上降伏。1648年の第二次内戦を経て、1649年にチャールズ1世は処刑され、イングランドは王政を停止して共和国(コモンウェルス)体制へ移行した。
- ポルトガル王政の回復(1640年):1640年12月1日に「ポルトガルの復興(レヴォルタ)」が発生し、スペインからの独立が宣言され、ジョアン4世(ブルボン家ではなくブルゴーニュ系)が国王となり、ポルトガルは独立戦争に突入した(ポルトガル独立戦争)。
- 三十年戦争の終結:ウェストファリア条約(1648年):1648年にウェストファリア条約が締結され、30年戦争が終結。主権国家の概念が強まり、オランダの独立が国際的に承認されるなど、ヨーロッパ政治地図が大きく変わった。
- フランス国内の動揺(フロンドの始まり、1648年):フランスでは王権と議会・貴族の対立が高まり、1648年にフロンド(一連の反乱運動)が始まる。幼少のルイ14世の治世下で権力闘争が続いた。
- 明から清への交替(中国、1644年):1644年、明朝の崩壊が加速し、李自成の軍が北京を占領・崖位(崇禎帝は自殺)。同年、満州の清朝(後の清)が華北へ侵入し、やがて中国全土の支配を確立していった(清朝時代の始まり)。
- オランダの南洋・太平洋探検(1642年):オランダの航海者アベル・タスマンが1642年にタスマニア(当時は「ヴァン・ディーメンズ・ランド」)やニュージーランドを発見し、オランダの海上活動が拡大した。
- アイルランド反乱(1641年)とその影響:1641年にアイルランドで大規模な反乱が発生し、以後の数年間で宗教的・民族的緊張が高まり、英国内戦や英王政の変動とも深く結びついた。
- オスマン帝国内の交替(1640年、1648年):ムラト4世が1640年に死去し、イブラヒムが即位(1640–1648)。その後1648年にメフメト4世が即位し、オスマン領の政治は続いた。
- その他の地域での動き:ロシアではミハイル・ロマノフの後を受けてアレクセイ(1645年即位)が即位し中央集権化を推し進めた。インドではムガル帝国(シャー・ジャハーン在位)が繁栄を続けたが、王位継承争いの胎動も見え始める。
出生(1640年代に生まれた主な人物)
- アイザック・ニュートン(1642年生、伝統暦で12月25日〈ユリウス暦〉、新暦では1643年1月4日)— 物理学者・数学者。万有引力と三体力学などで近代科学に決定的寄与。
- ゴットフリート・ライプニッツ(1646年7月1日生)— 哲学者・数学者。微積分学の独立同時発見者の一人で、哲学・論理学でも重要な業績。
- ウィリアム・ペン(1644年10月14日生)— イングランドの宗教的指導者で、後にアメリカのペンシルベニア植民地を設立。
- その他の注目人物:この時代は多くの政治家・文化人が生まれており、地域ごとに学問・宗教・植民活動を担う人物が出現した(例:数学・哲学・植民地開拓の将来の指導者など)。
死亡(1640年代に亡くなった主な人物)
- ガリレオ・ガリレイ(1564–1642)— 1642年1月8日(グレゴリオ暦では1642年1月8日付近)に没。近代天文学・物理学に多大な影響を与えた。
- ルイ13世(フランス王)(1601–1643)— 1643年に死去し、幼少のルイ14世が王位を継承、摂政としてアンヌ・ドートリッシュ(アンヌ・ド・オーストリア)と宰相マザランの政治が始まった。
- カール1世(イングランド王)(1600–1649)— 1649年1月30日に処刑。これにより王政が一時的に停止され、コモンウェルス(共和制)が成立した。
- キリスト教4世(デンマーク王)(1577–1648)— 長期にわたり北欧で影響力を持った国王で、1648年に没した。
- ムラト4世(オスマン皇帝)(1612–1640)— 1640年に死去し、その後継問題が表面化した。
世界のリーダー(1640年代に在位していた主な君主・統治者)
下記は1640年代に主要な国や地域で実権を握っていた代表的指導者たちの一覧(代表年次はその在位期間の概略)です。
- イングランド・スコットランド・アイルランド:チャールズ1世(1625–1649)。1649年以降は王政の停止、コモンウェルス(議会主導の共和国)へ。
- フランス:ルイ13世(〜1643)、その後ルイ14世(1643–1715、幼年期は摂政アンヌ・ド・オーストリアと宰相マザランが統治)。
- スペイン:フェリペ4世(在位1621–1665)— スペイン帝国はこの時代も広大な植民地を有していたが、対外的・財政的困難が続いた。
- オランダ共和国:総督(スタートホルダー)としてフレデリック・ヘンドリック(〜1647)、続いてウィレム2世(1647–1650)。
- ポルトガル:ジョアン4世(1640年の反乱により1638–1656に実質的に即位)— 1640年以降スペインからの独立を回復。
- 神聖ローマ皇帝:フェルディナント3世(在位1637–1657)— 三十年戦争終結(1648)に関与。
- オスマン帝国:ムラト4世(〜1640)、イブラヒム(1640–1648)、メフメト4世(1648–1687)と続く。
- ロシア(ツァーリ国):ミハイル・ロマノフ(〜1645)、アレクセイ(1645–1676)。
- 明・清(中国):明朝の崩壊(崇禎帝は1644に没)、その後清朝(愛新覺羅氏)が華北を掌握し、順治(在位は順治帝として1644年以降実質支配が強まる)が登場。
- スウェーデン:クリスティーナ女王(在位1632–1654)— 三十年戦争後の北欧で強い影響力を保持。
- ポーランド・リトアニア連合:ワディスワフ4世(〜1648)、その後ヤン2世カジミェシュ(ヨハン・カジミール、1648–1668)。
- 日本:江戸幕府は徳川家光(第3代将軍、在位1623–1651)が実権を握り、朝廷では後光明天皇(のちの後光明?)ではなく皇位の交替が続く中で国内統治が安定していた(※詳細は皇紀・元号ごとに確認)。
- ムガル帝国(インド):シャー・ジャハーン(在位1628–1658)— 建築・芸術が栄えたが、後の王位継承争いの種も抱えていた。
- サファヴィー朝(イラン):サフィー2世(在位1629–1642)に続き、アッバース2世(在位1642–1666)などが統治。
まとめ(1640年代の特徴)
1640年代は、ヨーロッパでは王権と議会の対立や三十年戦争の終結に伴う国際秩序の変化、フランス・イングランド・スペインなどでの大きな政治転換が起きた時期です。一方、アジアでは明朝の滅亡と清朝の台頭があり、グローバルに見れば植民地化・海上覇権の拡大が続いていた時代でもあります。また、ニュートンやライプニッツなど、後の科学革命に重要な役割を果たす人物が生まれた十年でもあります。
イベント
出生数
- ウィリアム・ペン(イギリスのクエーカー
死亡者数
- ガリレオ・ガリレイ、イタリアの作家、科学者
世界のリーダー
- デンマーク・ノルウェー国王クリスチャン4世(1588-1648)。
- デンマーク王フリードリヒ3世(1648-1670)。
- イングランド、スコットランド、アイルランド王チャールズ1世(1625-1649)。
- フランス国王ルイ13世(1610-1643)。
- フランスの重臣リシュリュー枢機卿(1624-1642)。
- マザラン枢機卿、フランスの主席大臣(1642-1661)。
- アンヌ・ドートリッシュ、フランス王太后・摂政(1643-1651)。
- フランス国王ルイ14世(1643-1715)。
- 神聖ローマ皇帝フェルディナント3世(1637-1657)。
- オレンジ公フレデリック・ヘンリー、オランダ、ゼーラント、ユトレヒト、オーヴァイセル、ゲルダーラントの州知事(1625-1647年)。
- オレンジ公ウィリアム2世、オランダ、ゼーラント、ユトレヒト、オーヴァイセル、ゲルダーラントの州知事(1647-1650年)。
- ローマ教皇ウルバン8世(1623-1644)。
- ローマ法王イノセント10世(1644-1655)。
- ポルトガル国王ジョン4世(1640-1656)。
- スペイン国王フィリップ4世(1621-1665)。
- スウェーデンのクリスティーナ女王(1632-1654)。
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