ジョン・ブローダス・ワトソン(1878年1月9日-1958年9月25日)は、アメリカの心理学者である。動物行動学の研究を経て、行動主義という心理学派を確立した。この学派は、20世紀半ばにB.F.スキナーによってさらに発展し、大きな影響力を持つようになった。ワトソンはサウスカロライナ州で生まれ、Furman大学で学んだ後、シカゴ大学で心理学の博士号を取得し、観察可能な行動に着目する立場を提唱していった。特に1913年の論文「Psychology as the Behaviorist Views It」や、1924年の著作「Behaviorism」は行動主義の基本思想を広める上で重要な役割を果たした。
大学院生との不倫がスキャンダルとなり、ジョンズ・ホプキンス大学(ボルチモア)の教授を辞めざるを得なくなったワトソン。その後、ワトソンはアメリカの大手広告代理店J.ウォルター・トンプソン社に長年勤めた。マックスウェル・ハウスの広告キャンペーンで、「コーヒーブレイク」を世に知らしめたのは彼である。広告の分野では、条件づけや感情の喚起といった行動主義的な考えを応用し、消費者の行動を予測・誘導する手法を開発した。
研究と方法論
ワトソンは心理学を「客観的な自然科学」にすべきだと主張し、主観的な内的状態(思考や感情の報告)よりも、観察可能な刺激と反応(S→R)の関係に注目した。実験的な条件づけの手法を用いて学習や恐怖反応、習慣形成などを研究し、教育や育児にも応用可能な一般法則の発見を目指した。
リトル・アルバート実験
ワトソンはロザリー・レイナー(Rosalie Rayner)と共同で、いわゆる「リトル・アルバート」実験(1920年頃)を行い、赤ん坊に対して中性刺激(白いラットなど)を大きな音と対呈示することで恐怖反応を条件づけることに成功したと報告した。この実験は学習理論の重要な実例として注目されたが、後年倫理面や再現性について多くの批判を受けている。
広告での仕事と影響
アカデミアを離れた後、ワトソンは広告業界で行動主義の原理を実務に応用した。感情を喚起する表現や習慣化を利用して製品の嗜好を形成する手法を導入し、ブランド戦略やキャッチコピーの開発に貢献した。たとえば、マックスウェル・ハウスのキャンペーンで「コーヒーブレイク」の概念を広めたことは、消費文化における行動誘導の成功例とされる。
評価と遺産
ワトソンの行動主義は、心理学をより実験的・客観的にするという点で大きな成果を残した。教育、育児、広告、動物訓練など多くの領域に応用され、20世紀前半のアメリカ心理学に強い影響を与えた。一方で、心の内部過程や認知の重要性を軽視しすぎるという批判も強く、1950年代以降の認知革命により行動主義の支配は次第に縮小していった。
ワトソンは晩年も心理学と社会への関心を持ち続け、1958年9月25日に亡くなった。彼の仕事は、心理学がどのように科学的基盤を築くかという議論に決定的な貢献をし、現代の心理学理論と実践の発展に重要な出発点を提供した。