英領インド陸軍(正式名称:インド陸軍英領インドの常備陸軍である。主にインド国内の治安維持・国境警備を担うと同時に、植民地軍として海外にも展開し、19世紀末から20世紀半ばにかけての各種戦役と二度の世界大戦に参加した。
成立と歴史的背景
1857年のインドの反乱(セポイの反乱)を受け、イギリス東インド会社の支配は1878年ではなく実際には1858年に終わり、インド統治は英国王室(ビクトリア女王)に移管された。以降、インドの軍事編成は大きく見直され、植民地支配を安定化させるための常備軍として整備された。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、「インド軍」という呼称は次第に一般化した。1903年には、ロード・キッチナーによる再編で、ベンガル陸軍・マドラス陸軍・ボンベイ陸軍といういわゆる大統領府軍が統合され、近代的な編制をもつ単一のインド陸軍が形成された。この再編により、管理・補給・教育の標準化が進んだ。
組織・編成・人員
- 編成:歩兵・騎兵(のちに機甲化)・山岳部隊・砲兵・工兵・医療部隊などを包含した総合的な軍であった。
- 二重構成:1903年以降、インド陸軍は大きく分けて「インド人で構成される連隊」と「英国本国から派遣された英国連隊(在インド英国陸軍)」の二つの要素から成っていた。前者は主としてインド人下士官・兵から構成され、将校の多くは英国人であった。
- 将校制度:長らく主要な将校職は英国人が占め、インド人将校の登用(インド化)は20世紀前半から徐々に進んだ。下士官・現場指揮にはヴァイサー(Viceroy's Commissioned Officers)などの制度があり、後年にかけてキングズ・コミッション・インディアン・オフィサー(KCIO)等も生まれた。
- 人員規模:第一次世界大戦では約100万人以上、第二次世界大戦では約250万人近い兵員が動員され、英連邦の中でも最大級の動員力を示した(戦時動員により数は変動)。
主要な作戦・戦場
英領インド陸軍は、国内では北西辺境(アフガン国境周辺)の治安維持や部族鎮圧作戦に頻繁に従事した。国外では次のような大規模作戦に参加した。
- 第一次世界大戦:ヨーロッパ西部戦線、ガリポリ、東アフリカ、シナイ・パレスチナ、そしてメソポタミア作戦などに派遣された。特にメソポタミアでは英印軍がオスマン帝国と戦い、バグダード占領などを通じて現地(今日のイラク)での戦果を挙げた(オスマン帝国を破り、イラクを制圧したインド軍)。
- 第三次アフガン戦争(1919年)やその後のワジリスタン遠征など、アフガン国境地帯での軍事行動。
- 第二次世界大戦:北アフリカ(エル・アラメインなど)、東アフリカ、イタリア戦線、ビルマ(現ミャンマー)戦線で重要な役割を果たした。特にビルマ戦線では日本軍に対する大規模な地上戦に従事し、連合軍の回復に寄与した。
- その他、南アフリカ戦争(ボーア戦争)や中東・東南アジアでの諸作戦にもインド陸軍の部隊が参加した。
軍制改革とインド化の進展
20世紀前半、インド人将校の採用や士官教育の充実を求める声が高まり、段階的にインド化が進められた。士官学校や訓練施設が整備され、第一次世界大戦・第二次世界大戦を通じて多くのインド人兵士が戦場で経験を積んだ。戦後、軍内の政治的・社会的影響力は増し、独立運動との関係も複雑化していった。
終焉と継承(1947年以降)
1947年の英領インドの独立とパキスタン分離独立に伴い、インド陸軍はインド連邦軍(インド共和国陸軍)とパキスタン陸軍に分割・移行された。多くの連隊・部隊、兵站設備、将兵は新生両国の軍に引き継がれ、境界線を巡る紛争や移行過程での混乱が生じた。
評価と遺産
英領インド陸軍は、植民地支配の道具であった一方、世界大戦や大規模作戦で重要な戦力として機能し、数多くの将兵が犠牲を払った。その経験は独立後のインド・パキスタン両国の軍制や軍事文化に大きな影響を与え、近代南アジアの安全保障構造の形成にも深く関与している。
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