進歩党(ブル・ムース党):1912年ルーズベルトが創設した米国第三政党の概要

1912年ルーズベルトが創設した進歩党(ブル・ムース党)の歴史と改革の理念、選挙での栄枯盛衰と現代への影響を分かりやすく解説。

著者: Leandro Alegsa

進歩党は、米国の第三政党である。1912年、セオドア・ルーズベルト元大統領が、共和党の大統領候補として現職のウィリアム・ハワード・タフト大統領に敗れた後に結成した政党である。党は当初、進歩的かつ大衆的な改革を掲げ、既存の二大政党(共和党と民主党)に対する第三の選択肢として注目を集めた。ルーズベルトがしばしば「ブル・ムースのように強い」と語ったことから、進歩党は一般にブル・ムース党とも呼ばれる。

結成の背景

20世紀初頭のアメリカでは産業化の進展に伴う社会問題や企業の独占、労働者の権利、政治腐敗などが大きな争点となっていた。ルーズベルトは在任中から国家による規制や自然資源の保護、反トラスト運動を支持しており、1912年の共和党予備選で現職大統領タフトと対立した末に党内での立場を失った。これを受けてルーズベルトとその支持者は独自の政党を結成し、「ニュー・ナショナリズム(New Nationalism)」と呼ばれる綱領を掲げた。

1912年大統領選挙

進歩党は1912年の大統領選挙でルーズベルトを候補者に擁立し、副大統領候補にはカリフォルニア州知事のハイラム・ジョンソンが名を連ねた。選挙戦ではルーズベルトが全国で強い支持を集め、結果的に民主党のウッドロウ・ウィルソンが当選する一方で、進歩党は共和党票を分裂させる形となり、選挙結果に大きな影響を与えた。最終的にルーズベルトは全米得票で約27%を獲得して二位に入り、当時としては第三党としては異例の高い支持を得た。

選挙運動中のエピソードとして、ルーズベルトは演説中に銃で撃たれる暗殺未遂に遭遇したが、携帯していた原稿と胸の骨のおかげで命を取り留め、そのまま演説を続けたことでも知られる。

党の綱領(ニュー・ナショナリズム)が目指した主な政策

  • 反トラスト・企業規制:巨大企業の独占を制限し、公正な競争を確保する。
  • 社会保障制度:失業保険や公的年金など社会的セーフティネットの導入。
  • 労働者の権利:労働時間の制限、労働組合の権利擁護、児童労働の禁止。
  • 選挙改革:直接選挙、選挙資金の規制、プライマリー制度の拡充など。
  • 女性参政権の支持:当時の主要な改革課題の一つとして支持を表明。
  • 自然資源の保護:国有地の管理や保全政策の強化。

衰退とその理由

1912年の選挙で目立つ成果を上げたものの、進歩党は組織基盤が脆弱で、共和党・民主党という二大政党に比べて長期的な政党機構を作ることができなかった。ルーズベルト自身が再度共和党に戻る動きをとらなかったことや、支持者が民主党や共和党へ分散したこと、第一次世界大戦前後の政治環境の変化などにより、党勢は急速に後退した。1916年には多くの勢力が別勢力へ移り、1918年から1920年にかけて事実上消滅した。

歴史的意義(遺産)

進歩党自体は短命であったが、その掲げた多くの改革案は後の時代に実現され、アメリカの進歩主義(Progressivism)運動に大きな影響を与えた。直接選挙(上院の直接選出)、労働保護、女性参政権(1920年の第19修正で実現)、企業規制の拡充など、同党が提起した課題の一部はその後、政策として採用されたか、または広く支持されるようになった。

まとめると、進歩党(ブル・ムース党)は1912年の政治的決裂から生まれ、短期間に大きな影響を与えた第三政党であり、アメリカの近代的な社会改革や政治制度の変化に寄与した重要な歴史的存在である。

1912年シカゴコロシアムで開催された進歩派全国大会Zoom
1912年シカゴコロシアムで開催された進歩派全国大会



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