ビザンツ暦(世界紀元):仕組み・歴史・遺産
創造紀元(紀元前5509年9月1日)から年を数え、民政年を9月1日に始める、ビザンツ国家と東方正教会で用いられた暦法。
概要
ビザンツ暦は、ビザンツ時代紀元あるいは世界紀元(Anno Mundi、「世界の年」)とも呼ばれ、定められた創造紀元から年を数え、民政年を9月1日に始める制度である。月の日数と閏年規則はユリウス暦と密接に一致するが、紀元と、新年を1月1日ではなく9月1日に置く点で異なる。
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2 画像基本的な特徴
- 紀元:この紀元は、慣例上、創造の日付を紀元前5509年9月1日とする。すなわち第1年は紀元前5509年9月1日から紀元前5508年8月31日までである。
- 新年:民政年は9月1日に始まる。多くの東方正教会の伝統では、典礼年もこの日に始まる。
- 暦法の仕組み:月と閏年の規則はユリウス暦の方式に従うため、各月の日数はユリウス暦と同じである。
歴史的展開と採用
この紀元は、東方キリスト教世界で徐々に採用された。中世初期から聖職者および教会当局に用いられ、ビザンツの行政文書や年代記で一般的になった。ビザンツ国家は、およそ10世紀後半から1453年の帝国滅亡まで、文書の日付を記すためにこの制度を公式に使用した。また、キエフ・ルーシのキリスト教化後の中世ロシアでは主要な民用暦でもあり、17世紀末の国家改革まで用いられ続けた。
用途・換算・例
この制度は主として日付表記の慣習であり、年は世界紀元(AM)の数で表される。西暦(AD/CE)への実用的な概算では、日付が9月1日より前か後かに応じて、西暦年におよそ5508または5509を加えて世界紀元年を求める。ビザンツ暦はユリウス暦の閏年法に従うため、民用日付はユリウス暦とは一致するが、後に制定されたグレゴリオ暦とは一致しない。
遺産と相違点
ビザンツ暦はユリウス暦と比べ、主に紀元と年を9月1日に始める点で異なる。東方正教会の慣行において影響を保ち、多くの教会は現在も9月1日に典礼年を開始し、一部の歴史記録では世界紀元表記で日付が記されている。この暦は、東方正教会などの教会当局、および中世ロシアを含む国家(ロシア)で使用されたが、後の暦法改革により他の制度へ置き換えられた。
注目すべき事項
- 創造日を選んだ背景には、中世の神学的年代記述があり、現代の科学的年代学を反映したものではない。
- 年代記作者ごとに計算がわずかに異なるため、資料によっては紀元計算に小さな差異が見られる。したがって現代の歴史家は日付換算の際に注意を払う。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ビザンツ暦(世界紀元):仕組み・歴史・遺産 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/15754
出典
- byzantineempires.org : "Byzantine Empire Calendar"
- timeanddate.com : "The Gregorian calendar"
- biography.com : "Peter the Great Biography"
- novaonline.nvcc.edu : "Notes on the Russian Calendar"