カリスブルック城(ワイト島)|中世の歴史と見どころガイド
カリスブルック城(ワイト島)の中世〜近代の歴史と見どころを徹底ガイド。城壁・ゲートハウス、チャールズ1世の幽閉や王女ゆかりの邸宅を紹介。
カリスブルック城は、ワイト島に残る唯一の本格的な中世の城で、長い歴史と見どころを備えています。城跡はさらに古いローマ時代の遺構の上に築かれており、最初の土塁(モット)は1070年頃に造られたと伝えられます。その約70年後に現在の中心となるシェル・キープ(円形の石造りの城郭)が建てられ、以後ノルマン期から中世を通じて改築や増強が繰り返されました。ノルマン時代の木造建物は現存していませんが、城の構造や地形には当時の名残が見られます。
歴史の要点
1377年にはフランス軍がワイト島に上陸する出来事がありましたが、カリスブルック城自体はその際に直接攻撃を受けませんでした。時代が下ると、特にエリザベス朝期には海上からの脅威に備える必要が高まり、城は近代的な砲撃に対応するために大幅に改修されました。外周に新たな防御線が築かれ、外側のカーテンウォールや塁壁、砲台などが設けられた結果、現在も良好な状態で残る防御遺構が形成されました。
エリザベス朝の改修は、当時の海上脅威—とくにスペイン艦隊や遠征に備えるためのものでした。近くで起きた海戦などにより一時的にスペインからの直接的な侵攻の危機は回避されましたが、その脅威に備えて城の構造は新たな武器(大砲)に対応する形で強化されました。
チャールズ1世の幽閉
内戦期には重要な役割を果たし、チャールズ1世は1647年にこの城に囚われました。彼は一度脱出を試みましたが、脱走途中で窓の鉄格子(または窓の外部にある鉄製の仕切り)の間に挟まれて失敗したという有名な逸話が残っています。こうした出来事は城の歴史の中でも特に注目されるエピソードです。
近世以降の変遷と現在
その後カリスブルック城は軍事拠点としての役割を終え、ワイト島の総督(ガバナー)の住居として使われることがありました。特に、ヴィクトリア女王の末娘であるベアトリス王女が総督を務めた時期には、彼女の居所として城が使われたことでも知られています。現在は城跡の一部が博物館や観光施設として一般に公開されており、地域の歴史展示や保存活動が行われています。
見どころと施設
- シェル・キープとゲートハウス:14〜15世紀にかけて改築された鼓楼(ドラム・タワー)付きの門楼や石造りの防御施設は見応えがあります。
- 大井戸とロバの車輪(ドンキー・ホイール):城内の深い井戸を汲み上げるために使われた大型の車輪は実物が保存され、当時の生活や技術を伝えます。
- チャールズ1世関連の展示:囚人としての居室や関連資料が展示され、内戦期の史実に触れられます。
- 博物館・展示室:城の歴史、地元の資料、時代ごとの武具・器物などの常設展示があります。特別展や教育プログラムも開催されることがあります。
- 石垣の上の散策:保存状態のよいカーテンウォールや塁壁からは島の景色が一望でき、写真スポットとして人気です。
訪問のヒント
- 敷地内は起伏があり石段や坂道が多いため、歩きやすい靴がおすすめです。屋外の見学が中心となるため、天候に合わせた服装で行ってください。
- 館内には博物館、ギフトショップ、休憩スペースがあることが多く、家族連れでも楽しめます。詳細な開館時間や入場料は公式サイトや現地で確認してください。
- ガイドツアーや解説パネルで歴史的背景を学べます。特別イベント(中世の催しや歴史再現など)が開催されることもあるので、事前にチェックすると良いでしょう。
- 写真撮影は許可されている場所が多いですが、展示物には触れないよう注意してください。
カリスブルック城は、軍事遺構としての保存状態と島全体の歴史を学べる場として魅力的なスポットです。古代から近世、近代へと続く変遷を感じながら、城内外の遺構や展示をじっくりと巡ってみてください。

カリスブルーク城のゲートハウス

チャールズ1世の窓
質問と回答
Q:キャリスブルック城とは何ですか?
A:カリスブルック城は、ワイト島に残る唯一の中世の城です。
Q: 城の土塁はいつ作られたのですか?
A: 城の土木工事は1070年に開始されました。
Q:シェルキープとは何ですか?
A: シェル・キープとは、既存の城壁の中に内壁を作る城の設計の一種です。
Q:太鼓櫓のある城門はいつ作られたのですか?
A: ドラムタワーのあるゲートハウスは、14世紀から15世紀にかけて建設されました。
Q: エリザベス朝時代に回避された脅威は何ですか?
A: スペインの侵略の脅威は、スペイン艦隊が近くの戦いで追い払われたことで回避されました。
Q: 1647年、この城で捕虜になったのは誰?
A: 1647年、チャールズ1世がこの城の囚人として収容されました。
Q: 誰がこの城を住処にしたのか?
A: ヴィクトリア女王の末娘であるベアトリス王女が、ワイト島知事時代にこの城を住まいとしたことがあります。
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