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ブラジル帝国保守党(1836年頃~1889年):帝政期の主要政治勢力

ブラジル帝政期の主要政治勢力。復古派の諸派閥から1836年頃に成立し、君主制、中央集権、地主層の利益を擁護した。自由党の主要な対抗勢力であった。

概要

保守党は、ブラジル帝政期における主要な政治勢力の一つであった。1836年頃、復古期の諸派閥が再結集して成立し、1889年の君主制崩壊まで活動的な勢力であり続けた。「レグレシスタス(Regressistas)」と呼ばれることも多く、一般にはサクアレマ派と結び付けられた。同党は、初期にはフェイジョ神父が指導した自由党の主要なライバルであった。

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性格と社会的基盤

保守党は、立憲君主制の下で安定と継続性を重視する、地方の地主、奴隷所有エリート、高級官僚、軍の一部からなる幅広い連合を代表した。一般に、より強い中央権力、既存制度の慎重な維持、農村および商業上の利益を保護する政策を支持した。同党は近代的な大衆組織というより、個人的なつながり、恩顧、地域的影響力によって結び付いたエリート層の議会会派として機能した。

組織と政治的役割

19世紀の政党として、保守党には厳格な党規律がなかった。党員資格や同盟関係は、地方の人的ネットワークや大臣任命に応じて変動した。その影響力は、各省の掌握、任命、ならびに代議院と元老院における支持を通じて行使された。同党はしばしば政権を組織し、帝室の特権と行政の中央集権化を擁護する大臣に決定的な支持を与えた。

歴史と衰退

保守党は復古党と、穏健自由派から分裂した勢力を基盤として成立した。独立後の数十年間、摂政、州の自治、国家秩序をめぐる議論で重要な位置を占めた。危機の時期には帝政体制の強化に主導的役割を果たし、王冠と地方エリートの間の均衡を調整した。19世紀後半には、コーヒー農園利益の成長、都市化、奴隷制をめぐる緊張、奴隷制度廃止を求める世論の高まりという新たな圧力に直面した。1889年の共和政宣言により、正式な党組織は君主制とともに解体された。

主な人物と相違点

  • ペドロ・デ・アラウージョ・リマ(オリンダ侯爵) — 最も著名な保守党の政治家の一人であり、同党の議会指導部を象徴する人物。
  • ルイス・アルヴェス・デ・リマ・エ・シルヴァ(カシアス公爵) — 帝政体制としばしば結び付けられ、国家的危機の際には保守党の大臣と協力した軍事指導者。
  • 自由党との関係 — 保守党は既成秩序への回帰と同一視され、このことから「レグレシスタス」と呼ばれた。自由党の地方分権化を求める提案の多くに反対した。

入門的な概説と史料については、一般的な参考資料集の概説資料、議会記録および帝政期政治の集成を扱う参考資料集、19世紀ブラジルの政党とエリートに関する主題別研究の専門資料を参照。

関連項目

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