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大学寮 ― 古代日本の官立大学

大学寮(だいがくりょう)は、7世紀以降の日本の律令制下で設けられ、19世紀後半まで官司として存続した中央の教育機関である。エリート層の教育と官僚制の形成に大きな役割を果たした。

概要

大学寮(だいがくりょう)は、7世紀から19世紀後半にかけて日本国家に置かれた、官立の大学および主要な教育官司であった。律令制の枠組みのなかで設置され、大陸の制度を参考にしつつ、中央行政と儀礼に関わる職務を担うエリート層を教育・養成した。

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起源と背景

大学寮は、中国の行政・学問モデルを取り入れた広範な改革の一部として創設され、古代日本における国家形成の中心的要素となった。朝廷の管轄下に置かれ、歴代の都に存在した。とりわけ平安時代には、数世紀にわたり、その官舎は内裏の南辺にある朱雀門の近くに置かれていた。

組織と人員

この機関は、行政、教育、学生の試験を担う官職と官人を備えた政府官司として組織された。上級の廷臣や任命された学者が運営を指揮し、教師と書記の職員が授業、記録、卒業者への官職配分を担当した。その役割は教育にとどまらず行政的でもあり、学問を朝廷や地方官としての勤務への道筋と結び付けた。

課程と教育方法

教育では、国家の公的理念を支える儒教の経典と中国文学を重視し、さらに官務に必要な法律、儀礼の実践、暦学・天文学の知識も教えられた。訓練は、経典の暗記、漢文体の散文・詩文の作成、行政手続の実践的学習を組み合わせたものであった。その目的は、職業専門家ではなく、読み書きの能力と官僚としての実務能力を備えた官人を育成することにあった。

衰退と遺産

平安時代後期以降、私的な学問所や寺院の学校、官職に就く別の経路が広がり、政治権力が地方の有力者や武家へ移るにつれて、大学寮の実質的な権限は低下した。それでも同機関は、19世紀の教育・政府改革によって日本の制度が変容するまで、官司として存続した。エリート教育を制度化し、大陸の学問を伝えたその役割は、古代日本の政府と文化の研究において重要である。

意義

  • この語は、西洋的意味での近代大学ではなく、高等教育を担う政府機関を指す。
  • その課程と組織は、日本の必要に合わせて取り入れられた大陸、主として中国の制度を反映している。
  • 旧都における所在地と運営に関する証拠は、初期の朝廷機構および日本の教育史の研究に役立つ。

関連項目

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AlegsaOnline.com 大学寮 ― 古代日本の官立大学

URL: https://ja.alegsaonline.com/art/25096

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