緑軍(ロシア内戦期のウクライナ農民民兵)
ロシア内戦(1917年頃~1922年)期のウクライナで活動した分散型の農民民兵。徴発や赤軍・白軍などの支配に抵抗した地域ゲリラ集団で、ボリシェヴィキの支配確立後に解体した。
緑軍は、ロシア内戦期(おおむね1917年から1922年)にウクライナで活動した農民民兵集団に対して用いられた緩やかな呼称である。単一の中央集権的な軍隊ではなく、農村共同体を基盤とする多数の小規模な集団から成っていた。その存在は、多数の相争う軍隊が農村地帯を行き交った時期における、軍事的徴発、強制徴兵、外部からの政治的支配に対する農民の抵抗を反映していた。
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4 画像特徴と組織
- 地域的な組織:集団は村や地区を中心に結成され、地元の指揮官に率いられた。長期的な中央調整を欠くことが多かった。
- ゲリラ戦術:通常の野戦ではなく、物資や村落を守るための待ち伏せ、襲撃、防御行動を行った。
- 柔軟な同盟関係:地域の状況に応じて、ボリシェヴィキ(赤軍)、反ボリシェヴィキの白軍、民族主義者、あるいは徴発部隊と戦うことがあった。
- 社会的基盤:主として小規模土地所有者と農民共同体であり、土地保有の安定、地域自治、徴発からの解放を求めた。
緑軍の諸集団が掲げた政治的目標は一様ではなかった。多くは第一に防衛を目的とし、収穫物の保護、穀物の押収への抵抗、村落の自治の維持といった当面の不満に焦点を当てていた。一部の集団は農地改革や地域自治について、より広い要求を表明したものの、大半は首尾一貫した全国的綱領を持たず、公認された国家の樹立を目指す単一の政治運動へと結集することはなかった。
経過と影響
内戦期を通じて、緑軍は小規模な農村地域を断続的に占拠または支配した。大軍に対する持続的な攻勢を行うことはまれで、軍隊の移動を妨げ、補給線を悩ませ、共同体を脅かす分遣隊を追い出すことを好んだ。その活動は当時の全般的な混乱を助長し、ボリシェヴィキ勢力と反ボリシェヴィキ勢力の双方にとって、農村で食糧と人的資源を確保する努力を複雑にした。
1920年代初頭までにボリシェヴィキ政府が支配を固め、ソビエト国家の機構が農村部へ拡大すると、多くの緑軍集団は武装解除され、弾圧され、他の勢力に吸収されるか、あるいは自然に解散した。1922年のソビエト連邦の正式な成立は、独立した農民民兵の大半の終焉を示したが、その後もしばらくは断片的な形で地域的抵抗が続いた。
区別と遺産
- 組織化された国民軍との違い:緑軍は分権的で地域に重点を置いていた点で、ウクライナの民族主義軍や、明確に組織された白軍・赤軍とは異なる。
- より広範な農民騒乱の一部:旧ロシア帝国の各地で同様の農民蜂起が起きており、ウクライナの緑軍は、戦時徴発と国家介入に対する農村の反発が地域的に現れた一例だった。
- 長期的な影響:その抵抗は、戦後政策における農業問題の中心性を浮き彫りにし、1920年代に農村との関係を安定させる施策へとソビエト当局を向かわせる一因となった。
内戦というより広い文脈におけるこの現象の簡潔な概説については、農民民兵に関する追加資料を参照。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 緑軍(ロシア内戦期のウクライナ農民民兵) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/40656