アングロサクソン年代記とは|成立・写本・英中世史における意義
アングロサクソン・クロニクル(Anglo-Saxon Chronicle)は、アングロサクソン人の歴史を記録したオールドイングリッシュの年代記のコレクションである。成立は9世紀後半、おそらくアルフレッド大王の下での編纂に始まると考えられており、ウェセックス州で作成されたのち、複数の写本が各地の修道院へ配布され、それぞれの修道院で独自に追記・更新された。写本のうち一部は12世紀まで活発に書き継がれ、ある写本では1154年ごろまで続けられている記録が見られる。
成立と背景
年代記は、9世紀のヴァイキング来襲という危機に対応するために、王権の正統性や国の歴史をまとめる必要から編纂されたとされる。編者たちは既存の年代記・年代表、伝承、修道院の記録、そしてベーダ(The Venerable Bede)らの著作などを下敷きにして、年次ごとの短い記述(annals)を中心にまとめた。初期の記述には伝説的な起源(ローマ以前、ブリトンにまつわる話など)も含まれ、紀元前60年ごろからの年表を遡らせている。
写本とテクストの多様性
写本は一箇所の単一原本に由来するのではなく、複数の原稿から派生して各地で独自に補記されたものが多い。結果として、写本間で記述の有無、順序、言葉遣いが異なり、相互に矛盾する箇所もある。総じて9点(完全本や断片を含む)が現存するとされ、すべてが同じ歴史的価値を持つわけではない。最も古い部分はアルフレッドの治世の終わり頃に遡ると考えられる一方、最も新しい追記は12世紀に近い時期まで続いている写本もある。
内容の特徴
- 年次記述(年ごとの短い事件記録)を基礎とし、王の即位・死去、戦闘、疫病、飢饉、天然の異変(彗星・日食など)、教会関連の出来事が記される。
- 言語面では主にオールドイングリッシュ(複数方言)の記録であり、特に西サクソン方言が標準形として多用される写本が多い。
- 地域ごとに補記が続けられたため、同じ出来事でも視点や詳細が異なる。例えばウィンチェスター系、ピーターバラ系など各写本の系譜がある。
- ピーターバラ写本(Peterborough Chronicle)など、ある写本では後期に中英語へ移行する生きた言語史料としても重要である。
史料学的な意義
全体として、アングロサクソン年代記はローマ時代終焉からノルマン・コンクエストに至るイングランド史を理解する上で最も重要な一次史料の一つである。特に9〜11世紀の出来事、ヴァイキング来襲、デーンロー(デーンロー=藩王領)の成立と変遷、統一王権の形成過程を復元する際に中心的資料となる。さらに、言語史・筆写文化(写本の書体・注記の仕方など)・地域史の研究にも欠かせない。
利用上の注意点
- 初期の年代(紀元前〜ローマ期に関する記述)は伝説や後代の編集に依存する部分が大きく、史実と伝承の区別が必要である。
- 写本ごとの地域的偏向や政治的目的(王権の正統化、修道院の特権主張など)が反映されている場合がある。単一写本の記述を鵜呑みにせず、他史料(王権詔書、チャータ、ベーダの著作、外来の年代記、考古学的証拠)と照合することが重要である。
- 写本間の差異を踏まえたテキスト批判が必要で、現代の歴史研究では複数写本を比較して年代記の変遷を追うのが一般的である。
代表的な写本と現存状況
現存する9本の写本と断片のうち7本は現在大英図書館にあります。残りの2つはオックスフォードのボドリアン図書館とケンブリッジのコーパスクリスティカレッジのパーカー図書館にあります。各写本はA〜I等の符号で便宜的に呼ばれることが多く、保存状態や追記の範囲も様々である。
研究史と現代の版
19世紀以降、年代記は系統的に校訂・翻刻され、現代でも多くの注釈付き翻訳・校訂版が利用されている。英語圏の研究では写本間の対照校訂や注釈付き英訳が広く用いられ、歴史学・言語学・中世文学研究の基礎資料となっている。入門書や注釈書を併用して読み進めることを勧める。
まとめ
アングロサクソン年代記は、その断片性や写本間の差異を踏まえつつ用いることで、英中世史の復元に不可欠な史料を提供する。本史料は出来事の第一報に近い記述を残すことが多く、ヴァイキング期からノルマン征服に至る政治的・社会的変化を研究する上で中心的な位置を占める。ただし、伝説的要素や地方的偏向にも注意し、複数史料との照合を行うことが求められる。


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質問と回答
Q:『アングロ・サクソン年代記』とは何ですか?
A: アングロサクソン年代記は、アングロサクソンの歴史を記した古英語の年代記のコレクションである。9世紀末、アルフレッド大王の時代にウェセックスで作成されたと考えられています。
Q: 現在、いくつの写本が残っていますか?
A: 現在、9つの写本が全体または一部残っています。
Q:最初に作られたのはいつですか?
A: 最も古いものは、アルフレッド大王の治世の終わり頃に作成されたようです。
Q: 写本はどこにあるのですか?
A: 大英図書館に7点、オックスフォードのボドリアン図書館とケンブリッジのコーパス・クリスティ・カレッジのパーカー図書館に2点所蔵されています。
Q: どのような資料が含まれているのですか?
A: 収録されている資料は、ほとんどが年号別の年譜で、紀元前60年までさかのぼったものと、書かれた時までのものがあります。
Q: この資料は偏りがないのですか?
A: いいえ、他の中世の資料と比較すると、書記が出来事を省略したり、一方的な話をしたりしたことが明らかになる場合もありますし、異なるバージョンが互いに矛盾している場合もあります。
Q: なぜこの資料がこの時代を研究する歴史家にとって重要なのですか?
A: この資料が重要なのは、その情報の多くが他では得られないものであり、また、現存する最古の例の一つであるピーターバラ年代記の後期版を通じて、中世英語の言語発達についての見識を深めることができるからです。