ゲーム機の第2世代は1976年に始まりました。第2世代は、Fairchild Channel FやRadofin Electronicsの1292 Advanced Programmable Video Systemのリリースに端を発し、「初期8ビット時代」とも呼ばれます。この世代では、カートリッジ式(交換可能なROMカートリッジ)を採用した機種が主流となり、ハードウェアの汎用化とソフトウェア市場の形成が進みました。アタリ2600は第2世代を代表する最も人気のあるゲーム機で、豊富なソフトと広い普及率で長期間にわたり市場を支配しました。マテルのIntellivision、MagnavoxのOdyssey 2、そしてColecoVisionなどの機種も技術面やソフト面で注目を集め、それぞれ独自の特徴で競い合いました。

技術的な特徴と市場の拡大

第2世代では以下のような変化がありました。

  • カートリッジ式ソフトの普及により、ゲームタイトルのライブラリが急速に拡大した。
  • 多くの機種が初期のマイクロプロセッサ(いわゆる8ビット系)を採用し、グラフィックや音声表現が向上した。
  • サードパーティ(独立系)ソフト会社が登場し、ゲーム開発の多様化が進んだ(例:元アタリ社員によるActivisionの設立など)。
  • 家庭用ゲーム機が家庭用コンピュータやアーケードゲームと密接に結びつき、人気タイトルの移植が市場を後押しした(例:Atari 2600版「Space Invaders」など)。

ビデオゲーム大暴落(1983–1984年)の主な要因

第2世代は1984年に実質的に終焉を迎えます。これは1983年から1984年にかけて起きた「ビデオゲーム大暴落(Video Game Crash)」が直接の原因です。暴落の主要因は複合的です:

  • ソフトの質の低下と過剰供給:急増したサードパーティが短期間で大量のソフトを投入した結果、低品質なタイトルが多く市場に出回り、消費者の信頼を損ねました。代表例として、Atari 2600向けの映画版ゲーム「E.T.」や移植が不評だった「Pac‑Man」などが挙げられます。
  • 小売り在庫の膨張と返品:売れ残ったソフトやハードの在庫が小売店に積み上がり、大規模な値引きや返品が発生しました。
  • 市場の飽和と消費者の混乱:多くの非互換機が市場にあふれ、どの機種を買うべきか分かりにくくなったこと、価格競争の激化も影響しました。
  • ホームコンピュータの台頭:Apple IIやCommodoreなどの家庭用コンピュータが娯楽と実用の両面で魅力を持ち、ゲーム用途の一部を奪いました。

影響とその後の展開

暴落の結果、複数の企業が経営危機に陥り、業界は大きく再編されました。小規模なメーカーや多くのサードパーティは市場から撤退し、ハードメーカー側もソフトの品質管理やライセンス管理の重要性を痛感することになりました。一方で、第2世代が確立した「カートリッジ式ソフト」「サードパーティ市場」「家庭用ゲーム機という枠組み」はその後の世代にも受け継がれ、後の復興(日本のメーカーや後の家庭用機による市場再生)につながります。

販売台数などの目安

販売台数の報告は資料によって差異がありますが、参考値として以下がしばしば引用されます(出典や集計時期により異なる点に注意してください)。

  • Atari 2600:推定で数千万台(例として2004年時点の集計で約3,000万台とされる報告がある)。
  • Intellivision:1990年時点の集計で約300万台とする報告が存在する。
  • ColecoVision:1984年4月時点で約200万台の販売とする報告がある。
  • Fairchild Channel F:1977年時点で約25万台の販売とされる資料がある。

要するに、第2世代は家庭用ゲーム機の仕組み(交換可能なカートリッジ・サードパーティ参入など)を確立し、ゲーム産業を急速に拡大させた一方、急成長に伴う品質管理の失敗や市場の過熱が1983–1984年の大暴落を招いた時期でもありました。その教訓は後の世代でのライセンス管理や品質保証の制度設計に大きな影響を与えています。