イティハサとは?意味・起源と叙事詩(ラーマーヤナ・マハーバーラタ)
サンスクリット語「イティハサ」の意味・起源を解説。ラーマーヤナ・マハーバーラタなど叙事詩の歴史的・宗教的意義をわかりやすく紹介。
サンスクリット語で、イティハサ(Itihāsa)は一般に「歴史」を意味します。しかしヒンズー教徒の文脈では、イティハサは単なる年表的な歴史記述ではなく、過去に起こったことを伝える宗教的・道徳的な物語群を指します。イティハサは通常、長大な叙事詩の形を取り、ヒンズー教文化において特に重要なのが、ラーマーヤナとマハーバーラタです。これらは神話・歴史・倫理(ダルマ)の教育的要素を兼ね備え、世代を超えて語り継がれてきました。
語源と意味
語としてのイティハサ(itihāsa)は、サンスクリット語の iti(「このように」「かく」)と語幹に由来すると伝統的に説明され、「このように語り伝えられていること」「かく語られる出来事」という意味合いが強調されます。古典語法学者のパンニーニ(パーニニ)らの言語学的伝統でも、この「iti」による引用・伝承のニュアンスが確認されます。したがって、現代日本語での「歴史」という訳語は便宜的ですが、イティハサには物語的・教訓的・宗教的機能が含まれている点で、単純な史学とは異なる側面があります。
起源と古代文献における位置づけ
イティハサに関する最も古い言及は、サンスクリットの文献や語法学、政治学書にも見られます。例えば、軍政や王権についての古い著作である『アルタシャーストラ(Arthaśāstra)』には、物語や先例(purāṇa・itihāsa)的な資料の重要性が示唆されており、古代の史料観や教育の一部としてイティハサが用いられていたことが窺えます。パーニニやカウティリヤ(チャナキヤ)らは概ね紀元前数世紀から紀元前数世紀ごろに活動したとされ、イティハサという概念が古くから社会的・制度的文脈で認識されていたことを示しています。
カルハナ(『ラージャタランギーニ』)の言葉
12世紀の歴史家カルハナ(Kalhaṇa)は地誌・歴史書『ラージャタランギーニ(Rajataranginī)』のなかで、イティハサの性格をわかりやすく表現しています。彼の言葉を要約すると、歴史(itihāsa)は物語の形で語られる出来事であり、それが読者に対する教訓や助言を含んでいる、という趣旨になります。カルハナ自身は歴史を単なる出来事の列挙ではなく、道徳・政治・人生訓を伝えるものとして位置づけています。
धर्मार्थकाममोक्षोपदेशसमान्वितं पुराणवृत्तं कथा-युक्तरूपं इतिहासः प्रचक्षते
(意訳)「イティハサとは、ダルマ(正義)・アルタ(富)・カーマ(欲)・モークシャ(解脱)の教えを含む古い記事(プラーṇa的事蹟)であり、物語の形式を取って語られるものである」。
ラーマーヤナとマハーバーラタ
ラーマーヤナとマハーバーラタは、イティハサの代表的作品であり、宗教的・文化的影響力が極めて大きい叙事詩です。両者の特徴を簡潔に示すと:
- ラーマーヤナ:王子ラーマの物語を通じて理想的な王・夫・人間像、ダルマ(正しい行い)を示す。写本や口承の多様な版が存在し、東南アジアにも広く伝播。
- マハーバーラタ:王族間の争い(クル家の戦い)を中心に、政治・倫理・宗教的教説を包含する大叙事詩。『バガヴァッド・ギーター』を含み、史的事件と神話的要素が複雑に絡む。
両叙事詩とも、成文化・編集は長期にわたって行われ、紀元前後の数世紀にわたる層的な成立過程を経たと考えられています。古層の口承伝統が後代の編纂で増補・体系化されたため、史料としての取り扱いは注意を要しますが、文化史や思想史を理解する上で不可欠な資料です。
形式と機能
イティハサの特徴と社会的役割は次のとおりです。
- 口承から写本へと伝わる長い伝承史を持つため、地域・時代により版や挿話が異なる。
- 神話的要素と歴史的・政治的語り(王家の系譜、戦争、同盟など)が混在する。
- 道徳教育(ダルマの指導)、政治的教訓、宗教儀礼の由来説明など、実用的・規範的機能を持つ。
- 宗教的権威と結びつき、カーストや儀礼の正当化に用いられることもある。
学術的見解と注意点
現代の学術研究では、イティハサを単純に「史実」として扱うことには慎重です。叙事詩は歴史的事実の断片を含む可能性がある一方で、後世の倫理的・神話的補強が加えられているため、史料批判的な分析(考古学的証拠、言語学的層位、地域史との照合など)が必要です。
総じて、イティハサはヒンズー教文化の記憶装置であり、倫理・宗教・政治の学びを物語形式で伝える媒体です。単なる「過去の出来事の記録」を越えて、社会の価値観や自己認識を形成する重要な役割を果たしてきました。
参照・補足:古典的な議論や現代研究を踏まえ、イティハサの定義や成立時期については学者間で見解が分かれます。古典文献の記述を取り扱う際は、出典や版を明示して比較検討することが重要です。なお、関連するオンラインの議論例として「インド史に関する会議」(http://www.india-forum.com/forums/index.php?showtopic=2088) などの資料も参照できます。
質問と回答
Q:サンスクリット語で「Itihasa」とはどういう意味ですか?
A:イティハーサとはサンスクリット語で歴史という意味です。
Q:ヒンズー教徒にとって重要な2つのイティハーサとは何ですか?
A:ヒンズー教徒にとって重要な2つのイティハーサは、『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』です。
Q:『イティハーサ』の本来の意味は何ですか?
A: 「イティハーサ」の本来の意味は、「歴史」という言葉よりももっと正確な意味を持っており、パニーニが証明した語源では、イティハーが「このように、この伝統において」を意味するとされています。
Q: 「イティハーサ」が文献に登場するようになったのはいつ頃ですか?
A: 『アルタシャストラ』(紀元前1534年、チャナキーヤ著)に、イティハーサのことが書かれています。
Q: カウティリヤはイティハーサをどのように定義したのですか?
A: KautilyaはItihaasaをPuraana(古代人の年代記)、Itivrtta(歴史)、Akhyayika(物語)、Udaaharana(挿話)、Dharmashastra(正しい行為の規範)、Arthashastra(政府の科学)として定義しています。
Q: カルハナが『ラジャタランギニ』から引用した「歴史」とは何ですか?
A: 『ラジャタランギニ』の中の歴史に関するカルハナの言葉は、「Dharmaartha-kaama-moskshanaam upadesa-samanvitam|Puraa-vrttam, kathaa-yuttarupam Ithihaasah prachakshate||」(「ダルマールタ・カーマ・モスクシャーナム ウパデサ・サマンヴィタム」)と言うものです。これは、"歴史とは、起こった出来事を物語の形で語るものであり、ダルマに従うことによってアルタを通じてカーマというプルサアルタを得るために、人生において従うべき読者への助言となる "と訳しています。
Q:インドの言い回しでは、カルハナをどのように捉えていますか?
A: インドの言い回しでは、カルハナは現代的なものとして捉えられています。
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