レブンワース憲法は、出血したカンザス州の時代に作られた4つのカンザス州憲法のうちの1つである。反奴隷制を掲げる自由独立派の人たちが集まって起草し、4つの案の中では最も進歩的な内容を含んでいた。
背景
1850年代のカンザスは、奴隷制の存否を巡って入植者や武装集団が衝突した「出血したカンザス」と呼ばれる混乱期にあった。そのような政治的緊張の中で、複数の憲法案が作られ、州として連邦に加盟する際の基礎を争った。レブンワース憲法はその一つで、奴隷制廃止や人権保障の面でより広範な保護を目指していた。
主な内容と特色
- 権利章典で「すべての人間」に言及しており、人種を明示的に区別しない文言が盛り込まれていた。これは黒人を含む人々の基本的人権の保障を意図するもので、当時の他の案と比べて広い人権観を示していた。
- 州内での奴隷制度を違法化する規定が含まれており、カンザスを自由州とする立場を明確にした。
- 女性の権利に関する基本的枠組みを打ち出しており、教育や財産に関する保護など、女性の地位向上に資する条項が設けられていた。ただし、参政権(全面的な選挙権付与)については、この憲法案がどこまで踏み込んでいたかは限定的であり、その点は後の議論の課題となった。
採択と手続き
憲法制定会議は、レコンプトン憲法が議会で議論されていた1858年2月に準州議会が可決した法律に基づいて規定された。実際の憲法案は1858年4月3日にレブンワースで開催された大会で採択され、1858年5月18日の住民投票でも承認された。
その後の経過と歴史的意義
とはいえ、レブンワース憲法は最終的に連邦政府によって州批准が得られなかったため、法的にはカンザスの州憲法として採用されることはなかった。特に米国上院がこの文書を承認しなかったことが大きい。カンザス州の歴史の中では、他に提案された憲法として、トピカ憲法(1855年)、レコンプトン憲法(1857年)、ワイアンドット憲法(1859年)があり、最終的にはワイアンドット憲法に基づいてカンザスは1861年に連邦に加盟した。
歴史的には、レブンワース憲法は奴隷制廃止や人種を限定しない人権保障、女性の権利に関する初期の試みなど、当時としては進歩的な要素を提示した点で重要である。直接的な法的効力は持たなかったものの、カンザスにおける自由州派の理念や、その後の州成立過程に少なからぬ影響を与えたと評価されている。