月面着陸の定義と歴史 — ルナ2からアポロ11号、有人・無人ミッション解説
月面着陸の定義と歴史をルナ2からアポロ11号まで、有人・無人ミッションの成功と軟着陸の変遷を図解で詳しく解説。
月面着陸とは、月の表面に宇宙船が到着することを指します。着陸の形態は大きく分けて、着陸機が減速して安全に着地する「軟着陸」と、意図的または非意図的に月面に衝突する「硬着陸(インパクト)」があります。有人ミッションと無人(ロボット)ミッションの双方が存在し、両者は目的や設計、運用方法が異なります。有人計画としてはマーキュリーやジェミニ、アポロといったプログラムを経て月面着陸が実現しました。
分類(軟着陸と硬着陸)
- 軟着陸:エンジンや逆噴射、減速機構、着陸脚などを使い、機体を破損させずに月面に降りる。観測や採取、長期滞在を目的とする場合に必要。
- 硬着陸(インパクト):減速せずに衝突する方式。衝突実験や探査機の到達確認を目的として用いられることがある。
歴史的な到達の主な経緯
最初に月面に到達した人類の人工物は、1959年9月13日のソ連の「ルナ2」で、これはインパクター(衝突探査機)でした。初の軟着陸は同じソ連のルナ9で、1966年2月に成功し、着陸後に画像を送信しました(この成功に続いてアメリカのSurveyor計画も1966年に軟着陸を達成)。
その後、アメリカのアポロ計画により有人着陸が実現します。アポロ11号は1969年7月20日に初めて月面に着陸した有人ミッションで、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面に降り立ちました(司令船にはマイケル・コリンズが搭乗)。
有人着陸の概要と回数
- 有人で月面に着陸したのは、歴史的にはアポロ計画による6回のみです(アポロ11、12、14、15、16、17)。アポロ13は目的地到達前に中止となりました。
- 最終の有人月面着陸は1972年のアポロ17号で、これを最後に人類は月面から離れました。人類が最後に月面を歩いたのはジーン・サーナンでした。
無人ミッションとその流れ
冷戦期にはソ連と米国を中心に多数の無人探査機が送られました。1970年代までには着陸・採取・サンプルリターンなど様々な実績が積み上げられましたが、その後しばらく月への軟着陸は減少しました。1990年代以降、探査は再び活発化し、2000年代以降は中国、インド、欧州、日本、民間企業など多様な主体が参入しています。
近年の主な到達例(抜粋):
- 中国の嫦娥(Chang'e)シリーズ:嫦娥3号(2013年12月14日、軟着陸・探査車「玉兎(Yutu)」)、嫦娥4号(2019年、月の裏側への初の軟着陸)、嫦娥5号(2020年、サンプルリターン成功)など。
- インドのチャンドラヤーン3号:2023年8月23日に軟着陸を成功させ、南極域付近への着陸に成功しました。
現在の状況と今後の展望
これまで有人で月面着陸に成功したのは歴史的には米国のみですが、無人探査に関しては複数の国と民間組織が成功例を重ねています。NASAのアルテミス計画や各国の新しい月面探査計画、民間企業の着陸器開発などにより、有人・無人を問わず月面活動は再び活発化しています。目標には月面での長期滞在や資源利用(ISRU)、南極域(南極点付近)での探査拠点建設などが含まれます。
まとめ
月面着陸は「月の表面に宇宙船が到着する」ことを指し、軟着陸と硬着陸に分類されます。1959年のルナ2が人工物として最初に月に到達し、1969年のアポロ11号が初の有人軟着陸を果たしました。有人での着陸は6回にとどまりますが、21世紀に入ってからは無人探査の成功例が増え、今後は再び有人着陸の実現を目指す動きが活発になっています。

サーベイヤー、アポロ、ルナの各ミッションの着陸地点を示した地図。
質問と回答
Q: 月面着陸とは何ですか?
A: 月面着陸とは、宇宙船が月面に到着することを指します。
Q:初めて人工物が月面に到達したのはいつですか?
A:1959年9月13日、ソビエト連邦のルナ2号が月面に到達したのが最初の人工物です。
Q:アメリカのアポロ11号が月面に着陸したのはいつですか?
A:1969年7月20日、アメリカのアポロ11号が初めて有人ミッションとして月面に着陸しました。
Q:人が搭乗したミッションは何回あるのですか?
A:1969年から1972年の間に、人が搭乗して月面に着陸したミッションは6回あります。
Q:アメリカ以外の国で、月面着陸に成功した国はありますか?
A:いいえ、現在までに月への着陸に成功した国はアメリカだけです。
Q:人類が最後に月へ行ったのはいつですか?
A:1972年12月が最後の月探査となりました。
Q: 月面を歩いた最後の人類は誰ですか?
A:最後に月を歩いたのは、ジーン・サーナンです。
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