概要
応保(おうほう、ローマ字表記 Oho)は、日本の年号(元号)で、1161年9月から1163年3月まで続いた。元号は、日本の年代記で天皇の治世の区切りや出来事を示すために用いられ、応保は後期平安時代に数多く見られる短い元号の一つである。この期間の在位者は二条天皇(二条天皇)だった。
年代と政治的背景
応保の時代は1161年の9月に始まり、1163年の3月に終わった。前の永暦(永暦)に続き、のちに長寛(長寛)へ移る。関連項目としては上記の各項目を参照できる。この元号は、保元の乱後の政治状況が続く後期平安の、武家、とりわけ平氏が勢力を強めていく時期に属する。
名称と意味
応保の二つの漢字、応(多くは ô または ō と読まれ、「応じる」「かなう」に近い意味を持つ)と保(hō、「守る」「保つ」)、は、元号に縁起のよい字を選ぶという古典的な慣行を反映している。こうした選択は、安定、保護、再生を願って行われたが、特定の組み合わせを採用した理由そのものは、宮廷の学者や官人によって定められた。
意義とその後
およそ18か月ほど続いた短い元号であるため、応保は一般的な歴史叙述で個別に強調される出来事と強く結びつくわけではない。しかし、1160年代初頭の文書や年代記を特定するうえでは有用である。歴史家や文書管理者は、元号の枠組みを用いて、法令文書、宮廷日記、寺院の碑文、家の年代記などを皇紀ではなく帝位の連なりの中に位置づけてきた。
実用情報
- 元号:応保(応保)
- 開始:1161年9月
- 終了:1163年3月
- 天皇:二条天皇(二条天皇)
日本の年代史を調べる人にとって、応保のような元号は、平安時代の暦法、宮廷文化、文書作成の慣行へ入る入口となる。すぐ前後の元号や、元号の一般的な用法については、上の関連項目(元号)を参照されたい。