1945年7月のB-25ミッチェル爆撃機エンパイア・ステート・ビル衝突事故
1945年7月28日、濃霧の中でB-25ミッチェル爆撃機がエンパイア・ステート・ビルに衝突し、14人が死亡した。火災と78〜80階に構造的損傷が生じたが、建物は数日以内に再開された。
座標:北緯40.7484333度、西経73.9856556度
概要
1945年7月28日、アメリカ陸軍航空軍のB-25ミッチェル爆撃機が、エンパイア・ステート・ビル(ニューヨーク市)に衝突した。航空機は濃い霧の中で同ビルの塔に衝突し、火災と構造的損傷を引き起こした。この事故では、航空機の搭乗者3人とビル内にいた11人の計14人が死亡した。物的損害は1945年当時の金額で約100万ドルと見積もられた。
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4 画像衝突
爆撃機は超高層ビルの78階から80階の間に衝突し、外壁にはおよそ18フィート×20フィート(約5.5メートル×6.1メートル)の穴が開いた。消防隊は約40分以内に火災を封じ込め、消火した。事故は土曜日に発生し、ビルは翌週の月曜日にテナント向けの営業を再開した。
死傷者と生存
- 死者:計14人。内訳は航空機乗員3人とビル内の11人。
- 著名な生存者:エレベーター操作員のベティ・ルー・オリヴァーは、衝突後に75階分を落下して生還した。この落下は、落下するエレベーター内で生還した最長の落下としてギネスに記録されている。
その後
緊急対応隊は速やかに出動し、消火と在館者の避難にあたった。損傷箇所を復旧するための修理が実施され、建物の通常運用は数日以内に再開された。この出来事は当時広く注目を集め、マンハッタンの超高層ビルに関わる航空機事故の中でも特に記憶に残る事故の一つとなっている。
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著者
AlegsaOnline.com 1945年7月のB-25ミッチェル爆撃機エンパイア・ステート・ビル衝突事故 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/7976
出典
- history1900s.about.com : "The Plane That Crashed Into the Empire State Building"
- nycaviation.com : "On This Day in Aviation History: July 28th" · web.archive.org