帝国首相(Reich Chancellor、ドイツ語:Reichskanzler)は、ドイツ帝国期における政府の長(首相)を指す称号である。制度的には皇帝(カイザー)によって任命され、帝国政府(閣僚団)を代表して行政を指揮した。歴史的にその権限や任命過程は、ドイツ帝国期、ワイマール共和国期、そしてナチス・ドイツ期で大きく変化している。以下に各時代の主要な概要と歴代(主な)一覧を示す。
ドイツ帝国(1871–1918)の帝国首相
帝国期の首相は皇帝により任命され、議会に対して責任を負う仕組みは限定的であった。党派政治が未発達な初期には非党派の伯爵・侯爵などが登用されることが多かった。
- オットー・フォン・ビスマルク(1871–1890)— 実質的な近代統一ドイツの建設者。保守的だが党派に属さない「帝国宰相」。
- レオ・フォン・カプリヴィ(1890–1894)— 無党派(後に宰相として現実的な政党調整を行った)。
- クロードヴィヒ・フォン・ホーエンローエ=シリングスフュルスト(クロードヴィヒ)(1894–1900)— 無党派の保守系閣僚。
- ベルンハルト・フォン・ビューロー(1900–1909)— 外交・内政両面で皇帝と協働。
- テオバルト・フォン・ベートマン=ホルヴェーク(1909–1917)— 第一次世界大戦期に在任。
- ゲオルク・ミカエリス(1917)— 短期在任(1917年3月–7月)。
- ゲオルク・フォン・ヘルトリング(1917–1918、ツェントルム〈中心党〉)— 戦時の後期に首相を務めた。
- マックス・フォン・バーデン(1918)— 帝政末期の最後の首相。第一次世界大戦終結交渉の端緒をつくった(1918年10–11月)。
ワイマール共和国(1918–1933)の首相(帝国宰相)
第一次大戦後、帝政は終わり議会制を基盤とするワイマール共和国が成立した。大統領の権限や議会政治の不安定さのため、短命内閣が相次いだ。
- フィリップ・シャイデマン(1919、SPD)— 共和国成立直後の臨時内閣を率いた。
- グスタフ・バウアー(1919–1920、SPD)— 経済・社会問題に対応した連立内閣。
- ヘルマン・ミュラー(1920、SPD)— 短期内閣(その後1928–1930に再び首相)。
- コンスタンチン・フェレンバッハ(1920–1921、ツェントルム)— 中央党(ツェントルム)出身の首相。
- ヨーゼフ・ヴィルト(1921–1922、ツェントルム)— 戦後賠償問題などに対応。
- ウィルヘルム・クーノ(1922–1923、無党派)— 経済混乱(ハイパーインフレ)時期の政権。
- グスタフ・ストレーゼマン(1923、DVP)— 短期内閣だがその後外相として復興に尽力。
- ヴィルヘルム・マルクス(1923–1925、ツェントルム)— 連立政権を率いた。
- ハンス・ルター(1925–1926、無党派)— 経済対策に重点を置いた内閣。
- ヴィルヘルム・マルクス(1926–1928、ツェントルム)— 再度首相を務める。
- ヘルマン・ミュラー(1928–1930、SPD)— 大連立を率いたが世界恐慌の影響で困難に直面。
- ハインリッヒ・ブリュイング(1930–1932、ツェントルム)— 大統領の非常権(ヴィルヘルム・ライヒ法の臨時権限)を多用した緊縮政策を実施。
- フランツ・フォン・パペン(1932、保守系/無党派)— 短期内閣。政治的混乱期の人物。
- クルト・フォン・シュライヒャー(1932–1933、無党派)— 軍・保守勢力に近い最後期の首相の一人。
ナチス・ドイツ(1933–1945)
ナチス・ドイツでは、1933年にアドルフ・ヒトラーが首相(Reichskanzler)に任命され、その後大統領の職務を併せる形で独裁体制を確立した。以後、帝国宰相の職務は事実上独裁者の個人的権限に組み込まれた。
- アドルフ・ヒトラー(1933–1945)— 大統領職を併せて「総統(Führer)」となり、国家の最高指導者となった。
第二次世界大戦後、ドイツは占領と分断を経て、1949年に西ドイツ(ドイツ連邦共和国:BRD)で新たに制定された基本法のもとで「連邦首相(Bundeskanzler)」という職が設けられた。これは旧来の帝国首相(Reichskanzler)とは制度的に区別される現代の首相職である。