1965年1月20日、第36代アメリカ大統領リンドン・B・ジョンソンの2度目の就任式が行われました。

この就任式は、リンドン・B・ジョンソンの大統領としての2期目(そして初めての完全な4年任期)と、ヒューバート・ハンフリーの大統領としての唯一の任期の始まりであった。アール・ウォーレン最高裁判事が宣誓を行いました。レディー・バード・ジョンソンは、大統領の聖書を持つことで、ファーストレディがイベントに参加するという伝統を始めました。

就任式には約120万人が参加しました。これは当時、ナショナル・モールで行われたイベントの中で最も多い人数であった。就任式がニュースフィルムで報道されたのは、この時が最後である。

背景

1964年の大統領選でジョンソンは共和党候補バリー・ゴールドウォーターに対して圧勝し、大きな支持を得て第1期(残りのケネディ政権の任期を含めると正式には継承を含む)に続く初のフルタームを得ました。この勝利はジョンソンに、公共政策で積極的な改革を進める「グレート・ソサエティ(偉大な社会)」構想や、公民権法の実施と拡張を推進する正当性を与えました。

式の場所と進行

就任式はワシントンD.C.の合衆国議会議事堂の正面(イースト・ポルティコ)で行われ、公式の宣誓は最高裁長官の立会いのもとで執り行われました。式典には就任演説、聖書に対する宣誓、そして首都を行進する就任パレードなどが含まれ、国内外の報道機関が広く伝えました。テレビ放送が一般化していた時代であり、映像を通じて全国に向けて発信されましたが、興行的な意味でのニュースフィルム(劇場公開用のニュースリール)での報道はこの時が最後とされています。

就任演説と政策的意義

ジョンソンの演説は、ケネディ政権の継承を強調するとともに、貧困対策、教育拡充、公民権の完全な実現といった国内政策の推進を重視する内容でした。演説は「国内の繁栄と社会正義の拡大」を訴え、彼の次の4年間で進められる一連の法案やプログラム(教育改革、医療保障の拡張、都市再生、投票権保護など)への意欲を示しました。

出席者と反応

公衆の参加は非常に多く、推定で約120万人がナショナル・モール周辺に詰めかけ、当時としては記録的な規模となりました。政治的支持層からは期待が高く、同時に反対派や懸念を示す声も存在しました。特に、この就任は後のベトナム戦争拡大や国内外政策の転換期に位置しており、後年の評価は政策展開の結果によって大きく左右されることになりました。

歴史的意義と遺産

1965年のジョンソン再就任式は、形式的には「最初の完全な4年任期の始まり」を象徴すると同時に、アメリカ国内での大規模な社会改革(グレート・ソサエティ)と公民権運動の重要な節目とみなされます。就任式で示された目標は、その後の立法と行政行動につながり、1960年代後半の米国内政策に大きな影響を与えました。一方で、同時期に深刻化する海外介入(ベトナム)への関与が政権の評価を複雑化させ、歴史的評価は功績と問題点を併せ持つものとなっています。

補足

  • ヒューバート・ハンフリーはこの就任で副大統領に就任し、1969年まで務めました。
  • レディー・バード・ジョンソンの式典での役割は、ファーストレディの公的役割がより可視化される契機となりました。
  • この就任式は、報道技術の移り変わり(ニュースフィルムからテレビ中心へ)を反映する出来事でもありました。