スティーヴ・ゴウリ(Lohoré Steve Ulrich Gohouri; 1981年2月8日 – 2015年12月)は、コートジボワール出身のプロスポーツ選手である。欧州のクラブサッカーでキャリアを築き、体格を生かした存在感と、守備ラインの複数の位置をこなせる柔軟さで知られたディフェンダーだった。
生い立ちと育成
ゴウリはアビジャンのトレッシュヴィルで生まれ、10代で欧州へ移る前に地元でサッカーを始めた。ユース年代や初期のプロ環境で経験を積み、パリ・サンジェルマンとの関わりも持ったことが、トップレベルでのキャリアの出発点となった。これは、地元での始まりと欧州クラブでの育成を組み合わせる西アフリカ出身選手にしばしば見られる経路でもある。
クラブ კარი
1998年から2015年までの現役生活で、ゴウリはスイス、ドイツ、イングランド、イスラエル、イタリアの複数クラブでプレーした。守備の役割に加え、ときに前線へ上がる動きやセットプレーでの存在感も見せた。主な所属クラブは次のとおりである。
- パリ・サンジェルマン(ユース/初期のプロ関与)
- FCファドゥーツ
- BSCヤングボーイズ
- ボルシア・メンヒェングラートバッハ
- ウィガン・アスレティック(イングランド)
- マッカビ・テルアビブ(イスラエル)
- ボローニャ(イタリア)
代表歴と選手としての特徴
ゴウリはコートジボワール代表としても、時折シニアレベルで起用された。空中戦に強く、センターバックでもサイドの守備でも対応できるユーティリティー型のディフェンダーとみなされ、複数の欧州リーグで培った戦術理解も評価された。チームメートや指導者は、その運動能力とプロ意識をしばしば長所として挙げている。
失踪と死去
2015年12月、ゴウリはドイツ滞在中に行方不明となった。2015年12月31日、ライン川で遺体が発見され、当局は2016年1月2日に死去を公表した。この出来事は大きな報道を呼び、元所属クラブや元同僚から追悼の声が寄せられた。
ゴウリの経歴は、スイス、ドイツ、イングランド、イスラエル、イタリアとリーグをまたいで渡り歩いた広がりによって記憶されている。その人生と早すぎる死は、現役中および引退後に選手が直面する課題について考えさせるものとなった。