ヴィルヘルム・ブッシュ(1832年4月15日(ハノーファー近郊のヴィーデンザール)-1908年1月9日(メヒトハウゼン))は、風刺絵物語で知られるドイツの画家・詩人である。温かみのあるユーモアと辛辣な風刺をあわせ持つ短い韻文と、簡潔で表情豊かな挿絵を組み合わせた作品群で、19世紀後半のヨーロッパで広く読まれた。

デュッセルドルフ、アントワープ、ミュンヘンで機械工学と美術を学んだ後、諷刺画を描き始めた。初期は新聞や雑誌の挿絵や風刺画で活動し、後に自らの詩と絵を組み合わせた「絵物語」(Bildergeschichten)を完成させた。

代表作は『マックスとモーリッツ』(原題:Max und Moritz、1865年)で、いたずら好きな二人の少年が繰り広げる七つの悪ふざけを、簡潔な韻文と連続する挿絵で描いている。この作品は子ども向けの警句的物語であると同時に、民衆の習俗や教育を皮肉る大人の風刺としても受け取られ、出版当時から大きな反響を呼んだ。ほかにも短い詩と挿絵を組み合わせた作品群を多数発表し、絵付きのユーモア詩というジャンルを確立した。

作風の特色は、端的な線描による動きの表現、戯画化された人物造形、機知に富んだ韻文、そしてしばしば道徳的・風刺的な結末である。可愛らしさと残酷さが同居する独特のトーンは、当時の読者に強い印象を与え、後の漫画や風刺画、図像表現に大きな影響を与えた。実際に、彼の絵物語はアメリカの風刺漫画やコミック・ストリップの先駆けとなり、Rudolph Dirksの『The Katzenjammer Kids』などにも影響を与えたとされる。

ブッシュは絵物語以外にも多くの油彩画を制作した。生前は絵本や挿絵で得た収入が主であり、個人的に制作した1,000点以上の油彩画を制作したが、1908年に亡くなるまで売れなかった。

晩年は故郷周辺で比較的静かな生活を送り、作品は次第に評価を高めていった。没後にはその業績が再評価され、ドイツ国内外で影響力を持つ図像表現の先駆者として位置づけられるようになった。現在ではブッシュの原画や資料を収蔵・展示する博物館や、彼の名前を冠した研究書も多数あり、児童文学や漫画研究の重要な対象となっている。

評価の面では、風刺の鋭さや人間観察の巧みさを称賛する声がある一方で、物語の結末に見られる懲罰的な要素や道徳教育的な側面について議論もある。いずれにせよ、ヴィルヘルム・ブッシュは19世紀のヨーロッパ文化の中で、言葉と絵を結びつける新しい表現を拓いた重要な人物である。