ユーリ・ルシコフ:モスクワ市長(1992年~2010年)
1992年から2010年までモスクワ市長を務め、ソ連崩壊後の都市再建に大きな影響を与えた一方、ロシア政治で論争を呼んだ人物。
ユーリ・ミハイロヴィチ・ルシコフ(Ю́рий Миха́йлович Лужко́в、1936年9月21日 - 2019年12月10日)は、1992年から2010年までモスクワ市を率いたことで最もよく知られるロシアの政治家である。政治家としての経歴の一時期には統一ロシアに所属し、ソ連時代後の急速な変化のなかで、市の行政執行を統括した。
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2 画像生い立ちと台頭
ルシコフはモスクワに生まれ、技術者としての教育を受けた後、公共行政および建設管理の分野へ進んだ。ソ連末期に市政へ入り、市指導部の一員として頭角を現した。1992年、ガブリール・ハリトーノヴィチ・ポポフの辞任後、ルシコフはモスクワ市長に就任した。この職には約20年にわたり在任した。
市長職:事業と政策
市長としてルシコフは、大規模な都市開発、インフラの改良、市営サービスの近代化を図る施策を監督した。在任期には建設ブームが起こり、道路網と公共施設が拡張され、モスクワの国際的な知名度を高めることを目指す事業も実施された。支持者は、1990年代初頭の混乱後に市の財政的安定を回復させ、日常的な行政サービスを改善した点を評価した。
論争と解任
一方でルシコフ政権は、歴史的建造物の解体につながることもあった強引な再開発、論争を招いた土地取引、縁故主義やえこひいきの疑惑によって批判も受けた。連邦当局との緊張は2010年の解任に至った。彼の退任は、不適切な行政運営と汚職の疑惑があるなかで正式に発表され、大統領権限に基づいて実施された。
晩年、死去と遺産
市長職を退いた後、ルシコフは国外で暮らし、賛否の分かれる公的人物であり続けた。治療を受けた診療所の報告によれば、ミュンヘンの病院で、心臓疾患に対する手術に関連する合併症のため、2019年12月10日に死去した。その遺産に対する評価は分かれる。安定と近代化をモスクワにもたらした現実的な都市建設者とみなす者がいる一方、その政策が伴った環境、文化、統治面での代償を重視する者もいる。
主な特徴
- モスクワ市長を長期にわたり務めたこと(1992年~2010年)。この時期は、同市のソ連崩壊後の発展を形づくった時代であった。
- モスクワ中心部の一部を変貌させた、大規模な都市再生・インフラ整備計画。
- 歴史的建造物の保存、市有地の利用、縁故主義の疑惑をめぐる継続的な論争。
- 後年には有力政党統一ロシアに所属し、国政でも高い知名度を持ったこと。
ルシコフは、1990年代から2000年代にかけてのモスクワの移行を理解するうえで重要な人物であり続けている。彼の政策は都市を物理的にも政治的にも再編し、その帰結をめぐる議論は今日もロシアの都市計画と統治に影響を及ぼしている。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ユーリ・ルシコフ:モスクワ市長(1992年~2010年) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/110252
出典
- themoscowtimes.com : Former Moscow Mayor Yury Luzhkov Dies at 83