1348年:出来事・主な誕生と死去の年表
1348年の出来事、主要誕生・死去を年表で網羅。ペスト流行や政治・文化の変動、有名人の生没年を分かりやすく解説する歴史リファレンス。
内容
イベント
- 黒死病(ペスト)の大流行 — 1347年に地中海を経てヨーロッパに持ち込まれた黒死病は、1348年に急速に拡大しました。イタリア(特にフィレンツェやジェノヴァ)、フランス、イベリア半島、イングランドなど各地で致命的な流行が発生し、都市の人口や経済、社会構造に深刻な影響を与えました。フィレンツェやジェノヴァの記録、のちの文献(例:ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』)には1348年の被害が詳しく描かれています。
- 神聖ローマ皇帝カール4世によるプラハ大学(カレル大学)の創設 — 1348年4月7日、神聖ローマ皇帝カール4世(Charles IV)はプラハに大学を創設しました。現在のカレル大学は中央ヨーロッパ最古の大学とされ、後世の学術・文化に大きな影響を及ぼしました。
- 教皇クレメンス6世の対応 — 教皇クレメンス6世は1348年、ペストの流行に際して都市や教会に対する緊急の呼びかけを行い、またユダヤ人に対する暴力や迫害を非難して保護を求める勅書を発しました。これは流行のさなかに生じた一部の暴力やスケープゴート化への対応でした。
- 社会・経済への影響の始まり — 大量死による労働力不足、賃金水準の変動、土地利用の変化などが1348年以降に顕著になり、封建的経済体制や都市の暮らしに長期的な変化をもたらしました。
- 文化的記録の蓄積 — 1348年の流行は当時の年代記や文学に強く記録され、後世の歴史研究や文学作品(例:ボッカッチョの『デカメロン』、ジョヴァンニ・ヴィッラーニの年代記等)の重要な題材となりました。
主な誕生
1348年に生まれたと史料に記される人物は散見されますが、当時の記録は地方ごとにばらつきがあり、確証のある著名人の出生記録は限定的です。以下は史料によって1348年生とされることがある例や、当年に関して言及される人物に関する注記です。
- 確実な主要人物の出生を挙げるには史料の精査が必要で、ここでは代表的な名前の列挙は控えます。各地域の貴族家系・教会記録・年代記を参照してください。
主な死去
1348年は黒死病による大量死が特徴的で、多くの無名の市民や地方の指導者、芸術家・学者がこの年に命を落としました。確認できる代表的な人物は次の通りです。
- ジョヴァンニ・ヴィッラーニ(Giovanni Villani) — フィレンツェの年代記作家。彼の著した『ヌオーヴァ・クロニカ(新年代記)』は当時の都市生活や疫病の様子を伝える重要史料で、1348年にペストで死亡したとされます。
- その他、多数の地方史料や教会台帳に1348年の死亡者記録が残っており、医師・修道士・商人・職人など幅広い階層で高い致死率が確認されます。特に都市部での死者数が顕著です。
参考文献
- Giovanni Boccaccio, Decameron(デカメロン) — 1348年のペスト流行を背景にした作品。 contemporaneous な記述として有名。
- Giovanni Villani, Nuova Cronica(新年代記) — ヴィッラーニ自身の観察を含む年代記で1348年の記録を伝える一次資料。
- Ole J. Benedictow, The Black Death, 1346–1353: The Complete History — 黒死病の流行と影響を総合的に扱った研究。
- John Kelly, The Great Mortality — 中世ヨーロッパのペストに関する一般向けの概説書。
- 歴史年表・大学史の専門文献(カレル大学創設に関する史料)
注:本項目は1348年に関する主要な出来事と当年に関係する人物史料を簡潔にまとめたものです。出生・死亡の個別事例については、地域別の年代記・教会記録・公文書を参照するとより詳しい情報が得られます。
イベント
- 4月7日 - プラハにカレル大学が設立される。
- 6月24日 メルコム・リージス(現在のイギリス・ドーセット州ウェーマス)で黒死病が本格的に発生。
- 7月6日 - ローマ教皇クレメンス6世が、黒死病流行時に民衆の攻撃からユダヤ人を保護するための教皇勅令を発布。
- ヨーロッパ中西部で黒死病の流行が始まる。
- 光明皇后(足利尊氏の第二皇子)の治世終了
- 北朝足利僭主の三代目、崇光天皇の治世が始まる
- 5月 黒死病がイングランドに上陸
- エドワード3世、イギリス初の騎士団であるガーター勲章を創設。
- ボロトボ条約によりノヴゴロド共和国からプスコフが独立、プスコフ共和国成立
- カイロの黒死病
- 推計。元朝中国の杭州が、マムルーク朝エジプトの首都カイロを抜いて世界最大の都市となる。
- 1532年までイングランドとフランスの間で休戦。
- ケンブリッジ大学ゴンビル・アンド・ケイウス・カレッジの前身であるゴンビル・ホールを設立。
出生数
- ジョン・フィッツァラン(第1代アランデル公)(1379年没
死亡者数
百科事典を検索する