1659年は、グレゴリオ暦では水曜日に始まる平年であった。多くのヨーロッパ諸国はこの時期までにグレゴリオ暦改革を採用していたが、イングランドをはじめとする一部の国ではなおユリウス暦が用いられていたため、国によって日付や年の扱いには違いがあった。この年は、より広い政治・文化史の区分でいう初期近代に含まれる。

概要

この年は、外交面と国内政治の両方で重要な展開が見られた。西ヨーロッパでは大国間の長期戦争が終息に向かう一方、共和制的または非君主制的な統治を試みた国々では政治的不安定が続いた。文化活動も活発で、演劇、絵画、科学的探究は、変化する保護者層や後援のもとで発展を続けた。

政治と外交

  • 1659年に締結されたピレネー条約は、フランスとスペインの戦争の主要段階に終止符を打ち、領土調整と王家の婚姻取り決めを含んで、イベリア半島とフランスの関係を組み替えた。
  • イングランドでは、内戦後に成立した護国卿政権は不安定であった。護国卿は退任し、議会の権威も流動的となり、年内を通じて一連の反乱と急速な政治変化の要因となった。
  • 中央・東ヨーロッパでは、西方における勢力均衡の変化に各国が対応するなかで、地域紛争や同盟関係の移り変わりが続いた。

文化と社会

演劇と文学は引き続き重要な公共芸術であった。パリや他の都市では、劇作家や劇団が喜劇や宮廷向けの余興を上演し、社会的な作法を映し出しつつ、気取りや作為を風刺した。科学的探究は、書簡ネットワークや学術団体を通じて進み、天文学、機械学、自然哲学における17世紀の進展を土台として発展していった。

注目すべき点と意義

  • 1659年は、西ヨーロッパの一部で平和が定着し、勢力図が再編されて、のちの18世紀政治への道を開いた年である。
  • 異なる暦が併存していたことは、グレゴリオ暦で水曜日に始まる平年という表現や、他の国々でユリウス暦が引き続き用いられていた事実に示されている。この時代の年代記は、地域ごとの慣行に注意して読む必要がある。あわせてグレゴリオ暦の発展も参照されたい。