1762年:七年戦争、ロシアの政変、ルソーの著作
七年戦争とヨーロッパ啓蒙主義における重要な年。ロシア帝位の交替、イギリスによる大規模な戦時占領、ルソーの影響力ある著作の刊行が特徴である。
1762年は、急激な政治的変動と文化的論争が起きた年であった。七年戦争の後期に当たり、指導者の劇的な交替、外交関係の再編、海軍作戦が相次ぎ、ヨーロッパおよび海外における勢力均衡に影響を及ぼした。またこの年は、世論と当局の反応を引き起こした啓蒙主義の重要著作が刊行された年としても、思想史上で注目される。
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6 画像主要な政治的出来事
ロシアでは、この世紀で最も重大な宮廷クーデターの一つが起きた。年初にエリザヴェータ女帝が死去すると、後継者のピョートル3世が短期間帝位に就いた。彼は速やかにプロイセンとの講和を求め、大王フリードリヒに対するロシアの圧力を取り除く条約を締結した。7月のクーデターによってエカチェリーナ2世(エカチェリーナ大帝)が権力を握り、ピョートル3世は廃位され、その後まもなく、長く疑惑視されてきた状況の下で死去した。エカチェリーナの即位は、長期にわたり大きな影響を及ぼす統治の方向を定めた。
軍事・外交上の展開
継続中の世界規模の紛争において、イギリスは大規模な上陸作戦を実施した。イギリス軍はスペインからハバナを奪取し、のちにマニラを占領して、スペインの植民地領に大きな打撃を与えた。プロイセンとの条約後にロシアが戦闘から離脱したことは、ベルリンの危機を和らげ、連合関係の力学を変化させた。これは、戦争後に結ばれるより広範な講和まで、プロイセン領の維持を助けた。
文化と思想
1762年は啓蒙主義思想における画期的な年であった。ジャン=ジャック・ルソーは、政治的正統性と児童教育について急進的な考えを提示した最重要著作のうち二作、『社会契約論』と『エミール、または教育について』を刊行した。両書は当局から強い反応を招き、ルソーがフランスを離れる一因となった。その後の政治思想と教育理論に対する影響は、長く続いた。
主な影響と事実
- ロシアの君主交替は反プロイセン連合の一角を弱め、ヨーロッパにおけるプロイセンの地位の維持を助けた。
- イギリスによる重要な植民地港の占領は、戦後に決着する交渉と領土交換を激化させた。
- 1762年のルソーの著作は、18世紀後半を通じて反響を呼んだ統治、権利、学校教育をめぐる論争を促す一助となった。
要するに1762年は、決定的な軍事行動、重要な政権交替、影響力のある思想的展開が重なった年である。この年の出来事は、七年戦争を締めくくる講和と、18世紀後半の政治論争へとつながる外交地図および知的風土を形づくった。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com 1762年:七年戦争、ロシアの政変、ルソーの著作 Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/111704