アブデル・ファッタハ・サイード・フセイン・ハリール・エルシーシ(1954年11月19日、カイロ生まれ)は、エジプトの政治家で退役軍人であり、2014年からエジプト大統領を務めている。職業軍人としての経歴を持つエルシーシは、2013年のムハンマド・モルシ大統領の失脚後にエジプトの中枢政治家として台頭し、続く2014年の大統領選挙で勝利した。彼の政権は、国家権威の回復、イスラム過激派への安全保障重視の対応、経済改革、そして積極的な地域外交を特徴としている。
幼少期と軍歴
エルシーシは1977年にエジプト軍事アカデミーを卒業し、その後30年以上にわたってエジプト陸軍で勤務した。情報部門や装甲部隊の指揮を経て、軍事情報局長、のちに参謀総長へと昇進した。彼の職業上の評価は、選挙政治よりも、組織運営や治安分野で築かれたものだった。この間、上級将校に一般的な参謀・指揮課程も受講している。
2013年の移行期における役割と権力掌握
2012年、ムハンマド・モルシ大統領はエルシーシを国防相に任命した。2013年にはモルシとその政権に対する広範な国民の不満が高まり、エルシーシは軍を仲裁者として位置づけ、同年7月、大規模抗議ののちにモルシを失職させたと発表した。この動きは支持者からは民意への応答として受け止められた一方、批判者からは軍事クーデターと見なされた。エルシーシは2014年3月に軍を退役し、その年の選挙で対立候補のハムディーン・サバーヒーを破って大統領に選出された(対立候補:ハムディーン・サバーヒー)。
大統領期:政策と優先課題
エルシーシ政権は、国内治安、対テロ作戦、経済の安定化、大規模インフラ事業を優先してきた。政府は武装組織に対して強硬な姿勢を取り、暴力の抑制と秩序回復に必要な措置だと説明しているが、この方針は急進的なイスラムや過激派ネットワークへの対処、あるいはイスラム主義の武装勢力との闘いとして語られることが多い。同時に当局は、補助金改革、通貨調整、外国投資の呼び込みに向けた施策も進めてきた。
外交関係と地域での役割
国際舞台では、エルシーシは西側諸国や地域大国との関係を築き、地域紛争での仲介役も担ってきた。イスラエル・パレスチナ情勢に関する外交努力に関与し、アフリカおよびアラブのパートナーとも協議を重ねている。エルシーシは2019年から2020年にかけてアフリカ連合議長を務め、アフリカ大陸の問題や優先事項においてエジプトを代表した。
論争、人権、世論
エルシーシ政権は、人権団体や一部の外国政府から、政治的自由への制限、公共の抗議行動への制約、野党関係者や独立メディアへの対応をめぐって批判されてきた。支持者は、こうした措置は混乱の続いたエジプトを安定させるために必要だと主張する一方、反対派は民主的成果の後退だとみなしている。2013年における彼の役割は国内外で特に注目され、その時期をめぐる評価はいまも分かれている。
評価と公的イメージ
2013年末にはエルシーシが国際的に大きな注目を集め、TIME誌の一般投票では一部の読者から人気を集めたが、正式な「パーソン・オブ・ザ・イヤー」はローマ教皇フランシスコに授与された。国内では、支持者は彼が安定の再建とインフラ事業への投資を進めたと評価する一方、批判者は経済的困難と制限された政治空間を強調している。
私生活
エルシーシはエンティサル・アメールと結婚している。公的で制度的な役割に比べると、私生活は比較的非公開に保っている。職業軍人としての経歴は、彼の政治スタイルと政権の構造の両方に今も影響を与えている。
- 主要機関:エジプト軍事アカデミーと軍。
- 注目すべき選挙:2014年大統領選挙(ハムディーン・サバーヒーに勝利)。
- 地域的役割:仲介とアフリカ連合議長職(AU)。
この要約は、アブデル・ファッタハ・エルシーシの経歴と公的役割について広く受け入れられている事実を示しつつ、議論や解釈の分かれる点にも触れることを目的としている。さらに詳しく知るには、2011年以降のエジプトの政治動向と現代北アフリカ政治について複数の資料を参照するとよい。