イアン・ダンカン・スミスエディンバラ生まれ)は、イギリスの政治家で、保守党所属の国会議員(MP)として長年活動している。1992年にチングフォード選挙区で当選し、1997年以降はチングフォード・ウッドフォード・グリーン選挙区の代表を務めている。党の代表的な役職としては、2001年9月から2003年11月まで保守党の党首を務め、また2010年の政権発足後は2010年から2016年まで労働・年金担当国務長官(Secretary of State for Work and Pensions)を務めた。
若年期は軍に所属し、1975年から1981年までイギリス陸軍のスコッツガードに従軍した。軍を離れた後は民間での活動を経て政治の道に入り、1992年の総選挙で国会議員に初当選した。
国会では野党時代に影の閣僚を歴任し、1997年にはウィリアム・ヘイグの影の内閣に加わり、1999年には影の国防長官に就任した。2001年、ヘイグの辞任に伴う党首選では、ケネス・クラークやマイケル・ポルティロらを破って党首に選出され、党の再建を図った。しかし2003年11月、党内での支持を失い、党所属議員による不信任決議に敗れて党首を退任し、その後はマイケル・ハワードが後任となった。党首退任後も対立や党内改革を巡る議論が続いた。
党首退任後は社会政策に関する研究・提言にも力を入れ、2004年には貧困や家族問題に取り組むシンクタンク「Centre for Social Justice(社会正義センター)」の設立に関わるなど、福祉政策に強い関心を示してきた。
2010年の総選挙後、連立政権下で労働・年金担当国務長官に就任し、福祉制度の大規模な再編を進めた。代表的な取り組みとしては、複数の給付を一本化する「ユニバーサル・クレジット」の導入や、障害者給付・就労支援制度の見直しなどがあり、支持者からは「働くことを促す改革」と評価される一方、反対派や被影響者からは給付削減や制裁の強化が弱者を直撃するとして批判を受けた。2016年3月には、政府の福祉削減案や政策方針を巡る政府内の対立を理由に同職を辞任した。
人物的特徴としては、保守党の党首としては初めてローマ・カトリック教徒であった点が注目され、またスコットランド生まれの党首としてはアーサー・バルフォー以来であったとされる。党内外での評価は賛否両論であるが、長年にわたり福祉改革や社会的排除の解消を掲げて活動している。
現在もチングフォード・ウッドフォード・グリーン選挙区の国会議員として活動を続け、議会での発言や福祉政策に関する提言を通じて影響力を保持している。

