カルナックの王のリスト、それは石に書かれた初期エジプトの王のリストである。トゥトモス3世の祭殿の南西の角にあった。このホールは、現在のエジプト・ルクソールにあるカルナック神殿群の一部だった。トゥトモス3世の時代に書かれたものである。エジプト古王国時代のスネフェルから始まる61人の王の名前が書かれている。今でも読むことができるのは39人の王の名前だけである。カルトゥーシュ(王の名前を囲む枠)に書かれていない名前が1つあります。

発見と所在

この石刻は19世紀に欧米の探検家や学者の注目を集めた。1825年にジェームス・バートンによって初めて記述され、その後の調査で詳しい記録や拓本が作られた。1843年、ドイツのエジプト学者カール・リヒャルト・レプシウスが率いる探検隊がナイル川を遡ってカルナックを訪れようとしていたが、フランスの冒険家エミール・プリセ・ダベンヌ(Emile Prisse d'Avennes)が先に到着し、夜間に壁からリストの入ったブロックを取り外して持ち去った。取り外されたブロックはフランスへ送られ、損傷が激しいものの現在はパリルーブル美術館で展示されている

構成と特徴

  • 石刻は王名を横一列または縦列に並べた一覧の形式で、各王名は通常カルトゥーシュで囲まれている。
  • 総数は61名とされるが、現存部分で確実に読むことができるのは約39名である。風化や破損で文字が欠けている箇所が多い。
  • 特筆すべき点として、他の王名表でしばしば省かれることの多い第一中間期と第二中間期の王名が含まれていることがある。したがって、単なる正統王朝の列挙ではない選択的な編纂がなされている。
  • 一つの王名がカルトゥーシュで囲まれていないことが記録されており、その意味(宗教的意図、政治的評価、写し手の誤りなど)は学術的に議論されている。

歴史的・学術的意義

こうした王名表は古代エジプトの歴史の再構築に極めて重要である。王朝の継承や王の列挙は、宗教的・儀礼的な目的で作成されることが多く、王権の正統性を示す役割も持っていた。一方で、政治的に望ましくないとされた王や中断期の支配者が意図的に除外される例もあり、王名表は必ずしも「完全な」歴史を伝えるものではない。

カルナックの王一覧は、特に以下の点で価値がある:

  • 他の王名表(たとえばアビドス王名表、トリノ王名表(トリノ断片)、パレルモの石など)と突き合わせることで系譜や年代の補強ができる。
  • 第一・第二中間期の王名が含まれるため、断片的な史料しか残っていない時期の研究に貢献する。
  • 石刻そのものの配置や形式、カルトゥーシュの有無などから当時の王権観や記憶の仕方を読み取る手がかりになる。

保存状態と研究上の課題

作品は破損が激しく、原位置から移されたことや風化によって多くの部分が失われている。19世紀に作られた拓本や写しが現存する場合、それらが現在の読解の重要な手掛かりとなっている。エジプト考古学の初期に行われた窃取や搬出は学術資料の散逸を招き、正確な文脈の喪失をもたらした。

現代の研究では、以下の方法で追加の情報が引き出されている:

  • 拓本・図版・古い写真の照合による復元作業。
  • 他の王名表や碑文との比較研究による個々の王の同定。
  • 石材の材質・刻工法の分析や、発掘記録との照合を通じた成立年代の精査。

利用と公開

現在、重要な断片はルーブル美術館に所蔵・展示されている。原位置に残る部分や記録はエジプトのカルナックで観察されることもあるが、主要な石片は国外にあるため、研究者は美術館所蔵の資料と現地の遺跡記録の両方を参照して研究を進めている。

まとめ

カルナックの王名表(石刻)は、トゥトモス3世期に作成された王の一覧であり、スネフェルから始まる61名分の記載を持つとされるが、現存では約39名分が判読可能である。第一中間期・第二中間期の王名を含む点で特に価値が高く、古代エジプトの王権観や年代復元に重要な手がかりを与えている。ただし、欠損や搬出の歴史により完全な解釈には限界があり、拓本や他資料との総合的な検討が不可欠である。