ラースロー・パシュカイ:ハンガリーの枢機卿・エステルゴム=ブダペスト大司教(1927–2015)
エステルゴム=ブダペスト大司教(1987年–2002年)を務め、共産主義体制末期からポスト共産主義への移行期にハンガリーのカトリック教会を導いたハンガリー出身のフランシスコ会枢機卿。
ラースロー・パシュカイ(László Paskai, O.F.M.、1927年5月8日–2015年8月17日)は、エステルゴム=ブダペスト大司教およびハンガリーの名目上の首座大司教を務めた、ローマ・カトリック教会のハンガリー人高位聖職者である。小さき兄弟会(フランシスコ会)の会員として、共産主義体制の末期から民主化移行の初期に及ぶ時期、ハンガリーの教会聖職者団を率いた。
画像ギャラリー
2 画像生涯と教会での経歴
パシュカイは1927年に生まれ、若くしてフランシスコ会に入会した。司祭に叙階された後、司教職に進み、1987年に大司教へ任命されるまで、司牧および行政のさまざまな職務を担った。1980年代後半には、教皇ヨハネ・パウロ2世によって枢機卿団に加えられ、ハンガリーを代表するカトリック指導者の一人となった。
役割と責務
ハンガリーの主要教区であるエステルゴム=ブダペストの大司教として、パシュカイは教区統治と全国的な責務を兼ねた。聖職者の養成を監督し、カトリック教育と慈善活動を支援するとともに、公的な場やエキュメニカルな交流において教会を代表した。2002年の引退後も、2015年に死去するまで敬意を集める人物であり続けた。
歴史的背景と意義
パシュカイの聖職は、大きな政治・社会変動の時期と重なった。共産主義体制末期の数十年間、ハンガリーのカトリック教会は制約と国家の監視の下で活動していた。高位聖職者として彼は、司牧生活を維持し、教会と国家の関係に関する諸側面を協議する取り組みに加わった。1989年以後は、制度上の自由の回復と教会組織の再建を進めるなかで、自身の大司教区を導いた。
主な出来事と遺産
- 1980年代後半、教皇ヨハネ・パウロ2世により枢機卿に親任され、教皇ベネディクト16世を選出した2005年のコンクラーヴェに参加した。
- 1987年から2002年の引退までエステルゴム=ブダペスト大司教を務め、後任にはペーテル・エルドーが就任した。
- フランシスコ会の背景、司牧を重視する姿勢、そして国家的転換期における指導力によって記憶されている。
簡潔な人物紹介と年表については、信頼できる伝記または生涯の概要を参照されたい(人物紹介)。2005年のコンクラーヴェなど重要な出来事の同時代の報道については、当時の報道資料を参照されたい(報道記事)。
関連項目
著者
AlegsaOnline.com ラースロー・パシュカイ:ハンガリーの枢機卿・エステルゴム=ブダペスト大司教(1927–2015) Leandro Alegsa
URL: https://ja.alegsaonline.com/art/123939
出典
- esztergomi-ersekseg.hu : Elhunyt Paskai László bíboros