概要
ルボミール・フサール(1933年2月26日 – 2017年5月31日)は、ウクライナ・ギリシャ・カトリック教会(UGCC)の高位聖職者であり、同教会の首席大司教とカトリック教会の枢機卿を務めた人物である。UGCCは、自主管轄の東方教会の中で最大規模をもち、聖座と完全な交わりにある。フサールは、穏健で牧会的な姿勢と、ソビエト支配下で何十年も抑圧された教会を回復し強化しようとした働きで広く知られた。
生い立ちと背景
1933年に当時のレンベルク、現在のリヴィウで生まれたフサールは、同世代の多くと同様に第二次世界大戦とソ連時代の激動を経験した。UGCCはソビエト圏で非合法化されていたため、彼の成人期の多くは国外で過ごされた。この間、多くのウクライナ・カトリックの聖職者や信徒は、ヨーロッパや北米のディアスポラ共同体で生活していた。フサールはウクライナ独立後に帰国し、教会組織の再建と社会への可視性の回復で指導的役割を担った。
指導と意義
2000年代初頭、フサールはUGCCの首席大司教に選出され、枢機卿に任命されて、再生の時期における自教会の公的な顔となった。2005年には主要聖座をリヴィウからキーウへ移したが、これは教会の歴史的な首都との結びつきを新たにし、国家的存在感を強調する象徴的かつ牧会的な動きだった。彼の指導は、典礼の刷新、社会的奉仕、そして正教会を含む他のキリスト教共同体との対話を重視した。
退任、継承、死去
健康状態の悪化により、フサールは2011年2月に退任し、名誉首席大司教の称号を受けた。後任はスヴィャトスラウ・シュチェフチュクであった。フサールは長い病気の末、2017年5月31日にクニャージュィチ(キーウ州)で死去した。
注目すべき点と遺産
- 彼はUGCCを、秘密裏の存続から独立したウクライナでの公然たる活動へと導いた。
- フサールは、ウクライナのアイデンティティへの献身と、UGCCのローマとの結びつきの両立を図り、教皇との交わりを保ちながらエキュメニカルな接触を提唱した。
- 教区の主要聖座をキーウへ移したことは、彼の在任期を特徴づける決定的な制度変更として今も残っている。
ルボミール・フサールは、慎重な改革者であり、教会が公的生活を取り戻し、ポスト・ソビエト期に市民社会と関わるうえで橋渡し役となった人物として記憶されている。彼の在任は、現代ウクライナの宗教的・文化的生活におけるUGCCの役割を形づくった。