マルコム(マル)・エヴァンス(1935年5月27日 - 1976年1月5日)は、1960年代を代表するロックンロールバンド、ビートルズのロードマネージャー兼アシスタントとして知られる人物です。背が高く力があり、温厚な人柄から「ジェントル・ジャイアント」と呼ばれました。妻の名前はリル(Lil)です。
エヴァンスは当初、バンドの元々のロード・マネージャーだったニール・アスピナルの助手として雇われ、機材の運搬や会場でのセッティング、移動や宿泊の手配、コンサートの準備と片付けといった物理的な業務を担っていました。ビートルズの人気が高まるにつれて業務は多様化し、警護やファン対応、運転手、身の回りの雑務、レコーディング現場での補助など、いわゆるマネジメントとアシスタントの両面を兼務するようになりました。
エヴァンスは時にビートルズのボディーガードを務め、過激なファンや危険に向かう人物からバンドを守る役割も果たしました。また、バンド側がサインを書く余裕のないときには代わりに写真へサインをすることや、コンサート会場から後に会うべき女性を選び出すなど、プライベートな面でもバンドをサポートしていました(これらはアスピナルも行っていた仕事です)。ビートルズが1966年以降にツアー活動を縮小・中止すると、エヴァンスはスタジオ作業やアップル社での業務、メンバーの個人的な付き添いなど別の形で働き続けました。
スタジオでは多くの楽曲で楽器や小物を演奏しており、たとえば「You Won't See Me」のオルガン(オルガン)や、「Helter Skelter」のトランペット(トランペット)、「Dear Prudence」のタンバリン(タンバリン、「Maxwell's Silver Hammer」のアンビル)、さらに「Yellow Submarine」や「You Know My Name (Look Up the Number)」での声の参加などが伝えられています。作詞面でも時折手伝いをしており、ポール・マッカートニーは「Fixing A Hole」について、共同クレジットを与えるかわりに現金で報酬を支払ったとされています。
映像作品にも度々登場しており、映画『マジカル・ミステリー・ツアー』ではマジシャン役として、『レット・イット・ビー』の映像にも登場します。特に『レット・イット・ビー』の屋上コンサートの場面では、警察が演奏を止めに来た際に警官を制止している姿が確認されており、その時の音が下の通りで渋滞を引き起こしていたことも記録されています(警察官を足止めしている場面についてはこちら)。
また、エヴァンスはビートルズが運営したレーベルの一つであるアップルレコードに関する活動にも関わり、Badfingerがアップルと契約する際の責任者の一人でもありました。
1967年にブライアン・エプスタインが亡くなった後、マネジメントの混乱が続き、1970年にはエヴァンスはアレン・クライン体制下で職を失いました。その後、私生活でも変化があり、妻と離婚して渡米。1974年には、当時妻のオノ・ヨーコと別居中だったジョン・レノンのコンパニオン兼ヘルパーとしてロサンゼルスに滞在したことが知られています。
1976年1月の初め、エヴァンスは恋人との口論を受けて室内に籠もり、通報を受けて駆けつけた警察との間で銃器(エアライフル)を所持した状態での対立に発展しました。周囲の人々が他者の安全を懸念したため警察が介入し、最終的に警察によって射殺されました。担当の警察官は後にこの銃撃について「すべて間違いだった」と述べています。
エヴァンスは自伝『ビートルズ伝説と生きる』(英題: Living the Beatles Legend)を書き残しましたが、完全版としては出版されず、断片や抜粋が後年に印刷・公開されるにとどまりました(2005年に抜粋版が印刷されたことが報告されています)。
エヴァンスはビートルズの最も身近な協力者の一人として、ツアー運営やスタジオ作業、メンバーの護衛・世話など多岐にわたる貢献をし、その温厚さと献身ぶりでメンバーや関係者から深く信頼されていました。彼の死はビートルズ関係者やファンにとって大きな衝撃となり、現在でも当時のエピソードや証言を通じて語り継がれています。