南アフリカナミビアザンビア、ボツワナ、ジンバブエでは、ヨーロッパ人コイサン族やバンツー族の血が混じった人々を「Colored」(アフリカーンス語Kleurlinge)と呼ぶことがあります。これは単純な人種分類というより、歴史的・社会的に形成された集団識別の名称で、地域や個人によって含まれる範囲や自認は異なります。

定義と分類

カラード(Colored)は、植民地期とアパルトヘイト期に行政上用いられた人種カテゴリーが起源です。そこでの定義は混血を基準にしたものですが、実際の社会では出自、言語、宗教、文化的背景によって多様な下位集団に分かれます。代表的なグループには以下があります。

  • ケープ・カラード:ケープ地方に古くから住む混血コミュニティ。ヨーロッパ、コイサン、マレー系、アフリカ系の混合が見られます。
  • グリクアバスター:植民地時代以降に独自の政治的・民族的共同体として形成されたグループで、独自の歴史と指導層(チャーフや氏族)が存在します。
  • ケープ・マレー等:インドネシアやマレー諸島から来た奴隷・契約労働者を祖先に持ち、イスラム教を信仰する集団も含まれます。

歴史的背景

カラードというカテゴリーは、ヨーロッパの植民地支配とその過程での人々の移動・交配によって形成されました。17世紀以降のオランダ・イギリスの入植、奴隷貿易、先住民族との接触が混血集団の基盤を作り、19世紀から20世紀にかけては社会的・法的に区別されました。アパルトヘイト時代(1948–1994)には政府が正式に「白人」「黒人」「インド系」「有色人種(Colored)」と分類し、居住・就労・教育などで差別政策を行いました。1994年以降は公式な差別は廃止されましたが、分類自体は統計や社会認識の中に残り、個人・集団のアイデンティティに複雑な影響を与えています。

言語と文化

ほとんどのカラードはアフリカーンス語を第一言語としており、特に西ケープ州北ケープ州のコミュニティではアフリカーンス語方言(例:Kaapse Afrikaans)が日常語として根強く使われます。英語を母語とする人もおり、都市部(特にケープタウン)では両言語を流暢に使い分けることが一般的です。また、ケープ・マレー系など宗教や食文化、音楽(ケープジャズ、ゴスペルなど)に独自性が見られます。さらに、コイサン系の言語や文化要素が一部に残っている場合もあります。

分布

北ケープ州と西ケープ州にカラード人口の大半が集中しています。ケープタウン周辺の都市部や小都市、農村地帯に多く、南アフリカ全体では有意な人口比率を占める地域もあります。ナミビアや一部の周辺国(ザンビア、ボツワナ、ジンバブエなど)にも歴史的につながりのあるコミュニティが存在しますが、国ごとに規模や社会的位置づけは異なります。

現代の課題とアイデンティティ

南アフリカには人種差別の長い歴史があるため、カラードという言葉を軽蔑的に感じる人もいます。公式には "Colored people" という分類が統計などで使われることがありますが、多くの有色人種の人々は自分たちのことを "Black""Khoisan""South African"、または各地域ごとの民族名(例:Griqua、Cape Coloured)で呼ぶことを好みます。現代では以下のような論点が議論されています。

  • 自己認識と呼称:呼び名に対する感情は世代や背景で異なり、当事者の自己決定を尊重することが重要です。
  • 経済・社会的不平等:教育や雇用、住宅などで歴史的な不利が残っている地域があり、政策的支援や再分配の議論が続いています。
  • 文化保存と変容:アフリカーンス語や地域固有の文化を守ろうとする動きがある一方、都市化やグローバル化による文化的変容も進んでいます。

研究と遺伝学

遺伝学的研究では、カラード集団は多様な遺伝的混合を示しており、ヨーロッパ系、コイサン系、バンツー系、さらには東南アジア系(マレー・インドネシア系)の遺伝的要素が混在していることが確認されています。これらの研究は、歴史的な移動や社会接触の複雑さを裏付ける資料となっていますが、遺伝的データをもって社会的アイデンティティを単純に決めつけることは避けるべきだという倫理的な配慮もあります。

まとめ

「カラード」は単一の民族や人種を指す固定的な概念ではなく、歴史的経緯・地域差・文化的背景・個人の自己認識が入り混じった複合的なカテゴリーです。言葉の使用には配慮が必要であり、当事者の呼称や自己決定を尊重することが求められます。地域ごとの言語(主にアフリカーンス語や英語)、宗教、文化的伝統は多様で、南部アフリカにおける重要な社会的・歴史的存在であり続けています。