SBDドーントレスとは — 第二次世界大戦のダグラス製米海軍急降下爆撃機
SBDドーントレス:ダグラス製米海軍急降下爆撃機の開発史、戦歴、SBD-5の性能を写真と図解で詳述し、真珠湾以降の作戦を解説。
SBDドーントレス(SBDは「スカウト・ボンバー・ダグラス」の略)は、第二次世界大戦中にダグラス・エアクラフト・カンパニー(現ボーイング)が製造した急降下爆撃機です。設計はノースロップBT系列を発展させたもので、初飛行は1940年に行われ、同年に米海軍に制式配備されました。軽快で頑丈な機体と優れた急降下攻撃能力により、太平洋戦域で重要な役割を果たしました。
設計上の特徴
ドーントレスは操縦士と後部機銃手(兼航法士)の2名乗員で、強固な装甲板や自封式燃料タンクを備え、対損傷性が高められていました。最大の特徴は機体側面にある穴あき(パンチホール)式のスプリット・ダイブブレーキで、急降下時の速度制御と復航時の安定性を確保しました。また、曲面のある頑丈な主翼と折りたたみ式の翼構造により、空母運用に適合していました。
性能と兵装
代表的な型式であるSBD-5の主要性能は次のとおりです。
- 最高速度:約255マイル/時(約410 km/h)
- エンジン:ライト(Wright) R-1820-60 サイクロン 空冷ラジアル(約1,200馬力)
- 機銃:前方に12.7 mm(.50口径)機関銃×2、後方に7.62 mm(.30口径)機関銃×2(後部は防御用)
- 爆装:胴体内や翼下に爆弾、または魚雷を1発搭載可能(任務により換装)
- 重量:空虚重量約6,404ポンド(約2,905 kg)から最大離陸重量約10,699ポンド(約4,853 kg)
- 航続距離:約1,115マイル(約1,795 km)
- 実用上昇限度(サービスシーリング):約25,525フィート(約7,780 m)
実戦投入と戦歴
ドーントレスは真珠湾攻撃後まもない1941年12月10日に初めて実戦爆撃を行い、その目標は日本の潜水艦だったと記録されています。以降、太平洋戦域での哨戒・捜索・急降下爆撃任務や対艦攻撃で活躍しました。特に1942年のミッドウェー海戦では、SBDは日本機動部隊の空母群に致命的な打撃を与え、米海軍の反攻の転換点となる重要な戦果を挙げました。ガダルカナルやコーラル海などでも艦艇撃沈や対地支援で貢献しました。
生産とその後
ドーントレスは多数生産され、多くの空母航空団で運用されました。後継の急降下爆撃機や戦術の変化に伴い、SBDは1940年代後半に順次退役していき、対艦攻撃任務はより高速で重武装の機体へ移行しました。退役後もその堅牢な設計と戦術的有効性は高く評価され、航空史上に残る代表的な米海軍の急降下爆撃機として知られています。
(注:本稿は各型式の代表値を記載しています。運用条件や搭載装備により性能値は変動します。)
質問と回答
Q: SBDドーントレスのSBDとは何の略ですか?
A: SBDはScout Bomber Douglasの略です。
Q:SBDドーントレスが初めて導入されたのはいつですか?
A: SBDドーントレスが最初に導入されたのは1940年です。
Q: SBD-5の最高速度はどのくらいだったのですか?
A: SBD-5の最高速度は時速255マイル(時速410キロメートル)でした。
Q: SBD-5はどのようなエンジンを搭載していたのですか?
A: ライトR-1820-60サイクロン空冷ラジアルピストンエンジンを搭載し、1,200馬力を発揮しました。
Q: SBDドーントレスが到達できた最高高度は?
A: SBDドーントレスの最高到達高度は、地上25,525フィート(7,780メートル)でした。
Q: SBDドーントレスの重量範囲はどのくらいですか?
A: SBDドーントレスの重量範囲は、6,404ポンド(2,905キログラム)から10,699ポンド(4,853キログラム)でした。
Q: SBDドーントレスが退役したのはいつですか?
A: SBDドーントレスは1940年代後半に退役しました。
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