Himni i Flamuritヒムニ・イ・フラムリット、英語Hymn to the Flag)は、アルバニアの国歌である。詩はアルバニアの詩人アスドレニ(Aleksandër Stavre Drenova)によって作られ、1912年4月21日、ブルガリアソフィアのアルバニア語新聞『Liri e Shqipërisë』(英語:Freedom of Albania)に詩として初めて掲載された。その後、ブカレストで出版されたドレノヴァの詩集『Ëndra e lotë』(英語:Dreams and Tears)にも収められている。

作曲と起源

国歌の旋律は、ルーマニアの作曲家Ciprian Porumbescu(チプリアン・ポルンブレスク、1853–1883)に帰されている。ポルンブレスクは短い生涯の中で多数の愛国的・民謡風の作品を手掛けており、その一部の旋律がアルバニア語の歌詞に合わせて用いられたとされる。旋律の出自や編曲過程については文献によって見解が分かれる点もあるが、一般にはポルンブレスク作曲の旋律が基になっていると受け止められている。

歴史と採用

「ヒムニ・イ・フラムリット」は1912年のアルバニア独立前後に広く歌われるようになり、独立と民族的覚醒の象徴として定着した。公式の採用手続きや編曲の経緯は時代とともに整理されてきたが、独立期から国民的なアンセムとしての役割を果たしてきた。以後、王政期や戦間期、共産体制、民主化以降を通じて国歌としての位置づけは維持されている(時に編曲や演奏形式に変更が加えられることはあった)。

歌詞の主題と文化的意義

歌詞は自由、独立、祖国への献身、そして国旗(フラムリ/flamur)に込められた象徴性を歌っている。二頭の鷲や祖先の犠牲、民族的団結といったテーマが繰り返し登場し、国民的アイデンティティを強調する内容である。教育や公的行事、記念日において広く歌われ、国家儀礼の重要な一部となっている。

演奏・編曲

公式行事では軍楽隊やオーケストラによる編曲が用いられることが多く、合唱版や短縮版など用途に応じた複数の編曲が存在する。国歌演奏時の礼儀(起立、帽子を取る等)は他国と同様に尊重される。民間では民族曲調の編曲や合唱アレンジも多く、結婚式や地域の祝祭で歌われることもある。

作詞・作曲者について

  • Aleksandër Stavre Drenova(アスドレニ):1872年頃生まれ、1947年没。アルバニア語の詩人・愛国者で、国外(バルカンやルーマニア、ブルガリアなど)のアルバニア人コミュニティで活動した。民族的覚醒を促す詩作で知られる。
  • Ciprian Porumbescu(チプリアン・ポルンブレスク):1853–1883。ルーマニアの作曲家・音楽教育者で、短い生涯の中で民族的旋律を取り入れた作品を残した。アルバニア国歌の旋律は彼の作曲に求められているが、編曲や移入の経緯にはいくつかの学術的議論がある。

「Himni i Flamurit」は単なる国歌を超えて、アルバニア人の歴史的記憶と国家的誇りを象徴する作品である。公的行事や教育を通じて次世代へ継承され続けている。